世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
技能実習制度の本当の課題:政策実務が現実を規定する
(一般社団法人 KKアソシエイツ 代表理事)
2022.08.15
「外国人技能実習制度」(以下,実習制度)について古川法務大臣が先日の記者会見の中で,本格的な見直しに向けて4点の基本的な考え方を示したとの新聞報道があった。4点とは「制度の趣旨と運用実態に乖離がない整合性のある仕組み」,「実習生の人権侵害が起きないようにする」,「外国人にも日本にもプラスとなる仕組み」,「外国人の受入れと共生社会づくりの考えに沿った制度とする」だった。
実習生(当初の呼称は研修生)の受入れは30年の歴史があり,この間,何度か制度見直しが行われてきたが,最も重要な節目は2016年の「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(以下,技能実習法)の成立とそれに基づく外国人技能実習機構(以下,機構)の設立であった。今回の法務大臣記者会見は,当初より決まっていた同法施行5年後の見直し検討に向け2月から開催してきた勉強会の結果を受けてのものだったのだろう。
筆者は機構の設立(2017年2月)と同時に唯一民間出身の理事(最初1年間は監事)として今年3月末までの5年間奉職し,実習制度の運用現場を経験した。それ以前にも長年にわたり民間経済団体の職員として公共政策に関与してきたので行政の実態にはそれなりに通じていたつもりだったが,「みなし公務員」として初めて行政内部の立場を経験して改めて強く認識したことは,政策は実務の積み重ねでありそれが良くも悪くも現実社会を規定しているということだった。
そうした視点から今回の法務大臣の記者発表を見るとやや気掛かりな点がある。そこで本稿では個人的見解としてそれを披歴することとした。気掛かりは大臣の基本的考え方そのものではない。4点はいずれも正にその通りの正論でありおそらく野党含めどこからも正面切っての異論は出ないだろう。勉強会では各界を代表する有識者から筋の通った立派な意見が披歴されたことと推測するが,実習制度の運用実態についての十分な議論があったとは思えない。実習制度のあり方のみならず外国人材全般の受入れと共生社会のあるべき姿についてはこれまでにも各方面で散々議論されており,大所高所の理念論は出尽くしている。したがって今現在,直ちに着手すべきは政策実効性の強化であり,地道な運用実施の改善である。それが大臣の示した4点の基本的考え方の実現への近道である。実習制度の屋台骨として運用を一手に担っているのが機構である。制度の足腰である機構の現状についての正確な認識を踏まえぬ議論はいくら正論であろうと画餅に終わる。
紙幅に限りがあるので機構の課題とあるべき姿について以下の3点に絞り指摘したい。(以下はあくまで組織としての機構の問題点であり,職員個々人の問題ではないことを予めお断りしておく。機構の役職員は皆,職業倫理観も強く堅実に日々の職務を遂行している。)
第一に機構と主務省庁との関係についてである。機構は政府の外の独立した組織(政府認可法人)という建付けだが,実態は主務省庁(厚労省と入管庁)の分署・分室そのものであり,自由裁量の余地など殆どない。筆者以外の2名の理事から部課長,課長補佐クラスに至るまでの管理職全員が主務省庁からの出向である(理事長は2代にわたり高検トップOB)。しかも出向者は皆,2年程度の人事異動で出向元に戻っていく。このような人事構造のため,機構のあらゆる意思決定事項に主務省庁の決裁が必要となる。例えば,関係者へのお知らせ事項の機構HPへの掲載から送出し国の関係当局宛の国際部長名の書簡に至るまでの指示や承認,さらには文面の一字一句まで主務省庁の細かいチェックを受けている。これでは独立した組織の体を成しているとは到底言い難い。機構が効果的,効率的に機能するためには,このような主務省庁によるマイクロマネジメントから一刻も早く脱却すべきである。
第二に機構の絶対的なマンパワー不足である。機構の任務は制度の適正な実施(許認可業務等)と実習生の保護の2つに大別されるが,両方の任務を質量とも真面に遂行するには現行の人員(本部と全国13の地方事務所合わせて約600名,内訳は出向者と契約職員が半々)では物理的に到底無理である。前者の任務の中核的業務たる実地検査には膨大な時間を要するので特に厳しい。約3,000の監理団体すべてを年1回,数万におよぶ実施者(受入れ企業)は3年に1回の実地検査を義務づけられている。後者の任務については機構設立当初の2,3年は許認可業務や実地検査に追われ殆ど手つかずだったところ,実習生の人権侵害事案や失踪問題への社会的,政治的関心の高まりを受け重要性が増しているにもかかわらず,各地方事務所にはきめ細かい実習生支援・保護に割く十分な人員がいない。コロナ禍直前の実習生数は41万にまで達していた。現在は減少しているが,コロナが収束すれば訪日する実習生の人数はさらに増加することが予想される。その前に何としても大幅な増員を断行すべきである。
第三は第一とも関連するが,機構の行政権限の大幅な強化が必要である。例えば重要な運用ツールの実地検査だが,機構には強制捜査権がないため違法行為の摘発にはおのずと限界がある。抜き打ちの実地検査で立ち入りを拒否されても公務執行妨害は適用されず黙って帰ってくるしかない。法務大臣が基本的考え方の第2点で示した人権侵害問題に厳格に対処するためにも,機構の権限強化が不可欠である。
言うまでもないが,実習制度の課題のすべてが機構の問題に尽きるというわけではない。最後に機構以外で筆者が重要と考える課題を2点のみ指摘しておく。一点目が送出し国との関係である。実習制度は送出国政府の当局ならびに彼らが認定する送出機関(その多くは民間業者)の善意と協力に依拠しているが,残念ながら彼らが皆,中立公正でクリーンというわけではない。それどころか実習生数で上位を占める国では巨大なビジネス利権と化しているところもあり,その官民の癒着構造は根深く闇の中である。日本側では,多くの実習生が訪日前に多額の借金を背負わされる問題の背後にある悪質な送出機関やブローカーに関する情報を収集し当該国に通報しているが,国家主権に係る問題であり捜査や取り締まりは先方に委ねるしかない。今以上の強硬な働きかけをすれば外交問題にもなりかねず頭の痛い問題である。本当に歴史的決着をつけるならば断固たる政治決断しかない。
第二点は実習法の第3条2項(「技能実習は,労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」)についてである。この条文が故に人手不足を補うために実習生を雇用すると喧伝すると違法行為となってしまう。法務大臣が言及した「制度の趣旨と運用実態の乖離」とはこの点にある。「需給の調整手段」とはまるで計画経済社会のような奇妙な表現ぶりだが,筆者は第3条2項は削除すべきと考える。今後も実習程度を存続させるのであれば,それが歴史的決着をつける唯一現実的な選択肢である。そもそも同制度による国際協力と労働力不足補填は両立することであり何ら矛盾するものではない。地道に適切な政策実務を積み重ねていけば,実習生は日本の仕事の現場を通じて給料を得ながら日本の優れた技術・技能と労働倫理観を習得する,受入れ先は貴重な労働力として歓迎し感謝するというウィンウィンの関係が成り立つのである。
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