世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2624
世界経済評論IMPACT No.2624

テキサス州・リチャードソン市のイノベーション都市集積:形成開始のマスター・スイッチをONに

朽木昭文

(ITI 客員研究員・放送大学 客員教授)

2022.08.08

1.イノベーション

 シリコンバレーを訪問した萩生田経済産業大臣は,日本人の「千人派遣計画」を発表した(2022年7月28日,日本経済新聞)。人材なしにイノベーションは起こらない。相当に遅ればせではあるが,適切な政策であると思われる。これは,中国の「千人招致計画」にも匹敵する(注1)。

 日本の課題は,イノベーション都市集積の形成である。特に,外国人材を含めた集積が,大幅に遅れた日本の対応である。世界人材の導入は不可欠である。

2.「対称均衡の崩壊条件」を理解

 それでは,都市集積はどのようにして形成するのか? これを明らかにするためには,空間経済学の導いた「対称均衡の崩壊条件」を理解することが有効である(注2)。

 2都市のAとBが対称均衡にあり,どちらの都市にも集積が始まらない。B都市の集積を考えよう。A都市から人材がB都市に移ろうとする動きが出るとしよう。しかし,A都市に住む相対的な賃金がB都市に比べて高くなる(注3)。そうすると,A都市からB都市への動きは元に戻る。ところが,ある閾値(Threshold)を超える条件が成り立つときに,B都市の相対的な賃金がA都市よりも高くなる。これが,「対称均衡の崩壊条件」である。そうすれば,更にB都市に移転しようとする人が増え,B都市で集積が始まる。

3.対称均衡の崩壊条件とは

 具体的に,都市集積が起こるための条件は,第1に「輸送費の削減」であり,第2にB都市に「他では代替できない異質財」が存在することである。第1の輸送費については,まず立地が重要となる。交通費のかからないところに立地することが有利となる。ただし,各都市は立地次第で,交通インフラの整備,優遇税制の導入などの政策により輸送費を削減することができる。第2に,他では代替が難しい異質財,例えば住環境の提供があれば,対称均衡を崩す条件を作ることができる。

4.マスター・スイッチをオンに

 イノベーション都市集積の組織は,物的インフラ,制度,人材,住環境を整備することにより作ることができる。これは,時間のかかる組織形成の「プロセス」である。このプロセスを開始するには,「マスター・スイッチ」が必要である。しかも,そのスイッチが適切でないと効率的に集積を作ることはできない。

 「対称均衡の崩壊条件」を成り立たせることが適切なマスター・スイッチである。この条件を満たさないと,都市集積の形成は始まらない。具体的には,立地した土地の輸送費を削減することであり,例えば空港へのLCC導入,高速道路の整備,空港と都市の鉄道直結などの整備である。また,異質財住環境の整備である。イノベーション人材が住むために特別に心地よい住環境を作ることである。

5.アメリカ・テキサス州・リチャードソン市による産業集積プロジェクト

 リチャードソン市の例を示す。

 第1スイッチとして,テキサス州は,立地としてアメリカ東海岸,西海岸,メキシコ,南米と8方向に近距離で,外国資本が1,500社立地している。そして,世界第4番目の発着数である「ハブ空港」がダラスにあり,輸送費の削減に貢献する。

 第2スイッチとして,世界一クラスの人材が存在する大学であるテキサス大学ダラス校(UTD)があり,「5つの研究センター」を持つ。また,テレコム街道沿いにあり,半導体,ソフトウエアなどのテクノロジー・クラスターが存在する。異質財・サービスとして,代替できる他にはないものを提供する。

 テキサス州で,以上の第1,第2のマスター・スイッチをオンにした後に,「産官学連携(University Government Industry Linkages)」が進んでいる。テキサス州・リチャードソン市は,テキサス大学とともに「Global Development Initiative(GDI)プロジェクト」により3つのステップで企業を誘致する。第1に,資格のある外資企業を選別する。第2に,その企業と大学チームとのマッチアップをする。第3に,市場研究プロジェクトの範囲を両者で合意し,実施する。

6.イノベーション人材の「百人招致計画」

 テキサス州の事例において驚くべきことは,アメリカが外国人材の招致を依然として継続している。中国は,これに逆行する国の方向を示している。日本は方向性が見えない。

 30年間停滞した日本は,イノベーション都市集積形成の「マスター・スイッチ」を押さなければならない。世界からの「百人招致計画」のためにマスター・スイッチをオンにすることが望まれる。日本では沖縄科学技術大学院大学にすでに成功の例がある。日本の停滞からの脱出は,テキサス州・リチャードソン市モデルの産官学連携による日本の都市への導入に1つの回答がある。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2624.html)

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