世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2608
世界経済評論IMPACT No.2608

揺らぐ国際協調体制下でのASEANの可能性

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)

2022.07.25

困難化する国際協調

 国際社会は「協調」の時代から「分断」の時代に入っている。米国は中国を経済や軍事力のみならず,価値観やイデオロギーを異にする最大の脅威とみなし,制裁的関税を手始めに,輸出管理,投資規制の強化など次々と措置を導入した。更にこの構造を複雑化させたのは,ロシアのウクライナ侵攻である。侵攻直後においては,世界の140カ国以上がロシアの即時撤退を求め,国連の非難決議案に賛成した。しかし侵攻の長期化とともに,ロシアにエネルギーや穀物,肥料などの基幹産品を握られていたこともあり,多くの国々が中立へと態度を変えた。世界は大きく民主主義陣営と権威主義陣営とに分断され,相互に経済制裁を科すなど対立している。

 この困難期の中,インドネシアはG20の,タイはアジア太平洋協力(APEC)会議の,それぞれ議長国を担う。しかしこれら多国間枠組みに対立構造が持ち込まれ,機能不全に陥っている。秋の首脳会議を前に,閣僚会議で既に対立が先鋭化,共同声明が発出できない事態に陥っている。

新興国と途上国に迫る危機

 国際協調が困難に陥る中,世界はインフレ,エネルギーの高騰,肥料調達の困難,米金利高と資金流出に伴う現地通貨安,そして債務問題等の脅威に晒されている。特に脆弱な新興国や開発途上国には経済危機の足音が迫っている。

 スリランカは4月に510億ドルの対外債務返済に行き詰まり,自らを「破産国家」(ウィクラマシンハ首相の議会発言)と呼んだ。国庫のドルが枯渇した結果,エネルギーの輸入が途絶え,同国独立以来,最大の経済危機に陥った。経済失政に国民の怒りが爆発,政治危機に発展した。

 スリランカは更なる危機の端緒に過ぎない。IMFのゲオルギエバ専務理事は「低所得国の60%が債務危機かそれに近い状態にある」と指摘し,危機の連鎖的発生が懸念される。まさに危機が迫っており,国際協調による対応は待ったなしである。

ASEANの触媒機能

 分断された国際社会で多国間枠組みが機能不全に陥る中,ASEANは両陣営の「緩衝材」または「触媒」になることが出来る。また1997年のアジア通貨危機を経験し,新興国や開発途上国を代表して,その声をあげることが出来る。

 ASEANの「触媒」機能は以前からも高く評価されている。例えば,日本・中国・韓国3カ国間では,政治的関係や歴史問題から連携は難しい。日中韓FTAは交渉開始宣言から既に10年目に突入しているが,成果を出せていない。一方,ASEANが触媒の役割を担うASEAN+3(日中韓)の金融や米備蓄等などの協力は有効に機能し,また地域的な包括的経済連携(RCEP)協定は22年1月に発効した。

 その場面は既に用意されている。ASEANは様々な域外国との対話の場を提供している。東アジア首脳会議(EAS)には日本,米国,中国,ロシアも参加する。国際社会の分断解消に「ASEAN」として寄与出来れば,ASEANの国際的評価は必ずや高まろう。

何を目指すか

 アジア通貨危機時,ASEANと対話各国とで連携した対応の経験は大いに役立つ。外貨流出や不良債権増加への対応,セーフティネットの設計など,ASEAN自ら経験した。またASEANは新興国・開発途上国などの顔を持つ。これまでASEANは経済水準に配慮した政策・措置を形成・運用し,経済共同体(AEC)を構築するまでになった。

 新型コロナ禍の初期においても,ASEANは不必要な非関税措置の適用自粛,食品・医薬品・医療その他の必需品等の輸出禁止・制限措置の適用・解除に関する速やかな通報等を「ハノイ行動計画」として取りまとめた。ハノイ行動計画を参考に,対象を食料やエネルギーなどにも対象を拡げ,EASなどの場で合意を目指すことも考えられる。

 近年,ASEANでは地域全体の利害以上に,自国の利害を優先して行動する加盟国も散見される。しかし触媒の役割を果たすには,少なくとも加盟10カ国の「ワン・ボイス」と協調行動,更に新興国や開発途上国の声を集められれば,民主主義・権威主義両陣営に対し,より強力なバーゲニングパワーを発揮できよう。中立かつ新興国や途上国の顔を持つASEANだからこそ出来ることである。

 ASEANは自由貿易の下,グローバル・サプライチェーンの構築に寄与し,自らの経済成長に繋げてきた。その意味では,最も自由貿易の恩恵を受けてきた地域である。ASEANは自由で開かれた貿易環境の維持を目指し,今が行動すべき時である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2608.html)

関連記事

助川成也

最新のコラム