世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2585
世界経済評論IMPACT No.2585

モビリティは公共財

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2022.07.04

ドイツの混乱

 ドイツではエネルギー価格高騰対策の一環として,ドイツ鉄道DBを含む大部分の交通機関が月額9ユーロで乗り放題になるチケットが発売された。2022年の6月,7月,8月の3種類のチケットが発売され,RB,REなどドイツ鉄道の提供する電車,市内電車(Sバーン),地下鉄(Uバーン),トラム,バス,一部のフェリーで使うことができる。IC,ICE,ECなどの長距離電車や長距離バス,1等車では利用できないが,日常的な移動や国内の旅行に使うことができる。日本人観光客も購入できる。

 ドイツのニュースでは乗客が殺到して混乱する映像が流されている。25億ユーロと推定される政策費用とともに,ネガティブにとらえる報道もあるが,モビリティ(移動手段)が社会に果たす役割を考える契機にもなっている。

無料化のトレンド

 UITP(Union Internationale des Transports Publics)のレポートによると,公共交通機関の無料化は各地で進みつつある。無料化の取り組みは1970年には北米の1件のみだったが,2017年にはヨーロッパ56件,北米26件など世界で96件の取り組みがある。例えば,ヨーロッパでは2013年にエストニアの首都のタリンの市内交通が無料になった(対象はタリン市民のみ)。2020年にはルクセンブルク国内の全ての公共交通機関が無料となった。ルクセンブルクでは観光客も無料となる。

 ドイツではドイツ鉄道の長距離切符を購入すると,到着先の市内交通が到着日に限って無料になる。ビジネス客や観光客の利便性を高める同様の取り組みは各地で見られる。

運営コストの手当ては?

 運賃を無料化すれば乗客からのチケット収入はゼロになるが,運営にはコストがかかる。運営コストの手当ての源泉は主に3つある。第1はチケットに関わる費用の削減である。無料化すれば,チケット作成費,券売機,釣銭の確保,チケットの確認作業,ゲートなどの端末などが不要になる。無料であるためシニア割引や定期割引などの制度も廃止することができ,各種制度の告知や運用の費用も削減できる。

 第2は周辺事業からの収入である。広告事業,物品販売,不動産事業(商業施設,駐車場,賃貸住宅)などは日本でも実施されている。観光名所などへの接続を高めて観光施設から協力費を得るようなビジネスモデルも考えられる。これらの取り組みだけでは十分な収入に届かないこともある。そこで,第3の補助金も重要な役割を果たす。

モビリティは公共財

 公共交通機関への補助金の投入には様々な意見があるが,魅力のある市街地の形成,地域間接続の充実には欠かせない要素となる。

 ヨーロッパでは市街地中心部への車の乗り入れを制限する動きがみられる。大気汚染の削減や安全で魅力ある都市空間の創造が背景にある。市街地中心部の駐車場の削減・課税,車両乗り入れ禁止区間の設定(化石燃料車に限った制限もある),パーク&ライド用の駐車場整備などの取り組みが進んでいる。削減された駐車場や駐車スペースは様々な用途に転用されており,そこから得られる収益は補助金に充当できる。

 日本の地方都市では市街中心部の活性化が課題となっているが,人々が安心して歩ける地域の形成がカギとなる。ヨーロッパでは地方の小さな町でも様々なイベントがあり,人々が集まっている。人のつながりが生まれ,住民が地域を理解するきっかけになり,新たなビジネスが生まれる下地となる。車が通過するだけの地域ではそのようなものは生まれない。

 街灯の明かりが公共財であるならば,モビリティも公共財であるべきであり,人々が自由に移動できる地域を作り出すことは自治体の責任であるといえる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2585.html)

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