世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ポストチャイナへの模索:東南アジア華人系企業が発するシグナルとは
(甲南大学経営学部 教授)
2022.06.20
ロンドンにあるセルフリッジを含むSelfridgesグループが売りに出されていた。世界中の企業がコロナ禍に苦しめられ,とりわけ小売やサービス業が打撃を受けるなかで,100年以上の歴史を有するこの高名なデパートチェーンも難から逃れられなかった。
同グループに属すバーミンガムやマンチェスターにあるデパートと,アイルランドやオランダにある系列のデパートと合わせて18店舗(カナダにある同系列の7店舗は除く)を2021年に買収し経営を引き受けたのは,セントラルグループ(以下,同社)とSigna(オーストリアの企業)という連合体であった。同社は自らもコロナ禍の影響を受けるも2020年にスイスの高級デパートチェーンGLOBUSをSignaと連合して買収していた。
もっとも,同社はタイをベースにする,小売やサービスを中心とする複合企業グループだ。同領域において国内ナンバーワンの地位を固めつつ,オンライン関連サービス事業への投資にも注力し,立体的なサービス強化を図ってきた。同時に,グローバル展開に急ぎ,危機をチャンスとして捉え,前掲デパート関連施設に対する投資以外にも,欧州にてホテルなど,ベトナムでも商業施設などに投資を続けている。
ところで,タイでは周知だが同社は華人系だ。1924年に移民してきた鄭心平(Tiang Chirathivat)氏が1947年に開いた雑貨店が発祥で,二代目の鄭有華(Samrit Chirathivat)氏が1956年にタイ初のデパートを開店し,同社が総合小売企業に発展するきっかけをつくった。
本稿で特筆したいのは三代目,Tos Chirathivat(鄭昌)氏が進めるグローバル戦略とその軌跡だ。家業に戻って初の海外事業として,「華人系企業は中国に戻って事業を行うのが自然」とアピールし,中国でデパートを展開しようとした。2010年から2012年までに杭州,瀋陽,成都でそれぞれ開業するも苦戦を強いられていた。2014年から2015年にかけて同氏はついに撤退を決断した。それを受けて「タイ最大の百貨店企業の中国事業が全滅」と中国のマスコミは連日のように報じていた。
中国で挫折した同社だが水面下では強かに動いていた。2009年,「初の中国投資」以外に「第二,第三国への投資の計画は」と中国のマスコミに聞かれた際,「ない」と同氏が答えていたが,ビジネスを現地で経験するなかで,戦略再考の必要性に気づいていた。
それからは並行となるが,2011年,同社はイタリアの老舗デパートチェーン,Rinascenteを買収し,初の欧州進出を果たした。2013年にはデンマークの老舗デパートであるIllumを買収し,そして2015年,前述の「全滅」が報じられていた時,同社はドイツの老舗デパートチェーン,KaDeWe Group を買収し,ベルリンのKaDeWeと,ミュンヘンのOberpollinger,ハンブルクのAlsterhaus,いずれも100年以上の歴史を有する商業施設の経営を引き継いていた。
これらはまさにBangkok Postが 2014年に報じていた「Central shifts focus from tough China」「Looking at Europe and ASEAN」という同社戦略による実働の一部であった。後に買収したGLOBUSとSelfridgesと合わせ,同社はいまや欧州主要地域をカバーする,最大のデパートメントチェーンの一つとなっていた。
加速するグローバル展開に同社は自社のアピールとして「タイをベースにする小売・ホスピタリティサービス関連複合企業」「ファミリービジネスグループ」などとし,それまでに時折触れていたルーツ関連の記載を改めていた。もっとも,同氏は高校から米国で生活し,ビジネススクールでMBAを修得し,金融機関勤務のキャリアも有する者だ。
一族の二世からはほとんどが欧米で教育を受け,家族に米国や英国人などが増えているのも自然であった。初代や二世などThai Chinese(タイ華人,華人系タイ人)と違い,三世にいるChinese American(華人系米国人)とも違う,Thai American(タイ系米国人)の四世が欧州事業担当の経営者として実在するのも興味深い。
国にとらわれず,ボーダレスに生き,ダイバシティに富む一族経営のグループが経営者の手腕が生かせられる環境,市場経済が機能する環境,政治的,社会的,経済的に安定した環境を求め,価値観を共有できる社会で生存空間を探し求めているのである。
一族のある者は同社グローバル戦略展開と関連して2014年に驚くべき予言をしていた。「The only concern is the problem between Ukraine and Russia」という,当時新聞掲載のこの句をいま読むと鳥肌が立つが,この予言のセンスをもとに,リスクマネジメントを含むポートフォリオが図られ,戦略と実務が展開されていることがわかる。
ロシアの次は? 特に,東アジアで,東南アジアで何が起こるだろうか。悲惨な結末になるようなことはもうたくさん,企業ごとに事情が違う,投資より後の事業持続が大事,というのもあろうが,このケースや華人系企業が発するシグナルに留意し,地政学的リスクと事業立地を再考してみたらいかがだろう。
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