世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
地政学や地経学のリスクと貿易摩擦などへの備え:ケースにみるグローバル事業地域のポートフォリオ
(甲南大学経営学部 教授)
2025.03.10
地政学や地経学のリスクを避けるために,日本企業はサプライチェーンの再構築を含め,グローバル事業の対象地域に関する再検討を行ってきた。昨今では,貿易摩擦や関税戦争のような課題への対応も加え,グローバル事業地域のポートフォリオの最適化を図るために,戦略の調整とその実務遂行に力を注いできた。
グローバル事業を拡大しながら,事業地域のポートフォリオの最適化を図るために日本企業は具体的にどのように行動してきたのだろうか。
ここでは,グローバル社会でも話題になることの多い,ユニクロのケースをとりあげてみる。特に近年の事業対象地域について,縫製工場の所在地からみた産地分布の変遷と,販売店や営業収益からみた地域市場の分布,という両面からみた事業対象地域のポートフォリオについて,その実態を確認してみることとする。
ユニクロはファーストリテイリング社が運営する傘下の一事業だが,ここではまず,その産地別,当該企業では委託製造工場としての「縫製工場」の所在地別データからその産地の割合の変化をみていく。
「産地」として,当該企業は同社販売商品の海外生産開始時より真っ先に,中国での生産を行ってきた。十年ほど前まで,その商品の「約9割は中国で生産されている」と同社は発表していた。
その後,同社のグローバル展開戦略に基づいて産地のシフトが図られ,同社商品の産地別割合に関する明確な発表こそみられないなかで,縫製工場の所在地分布からみれば,2017年2月末時点,中国での割合は約60%,2025年3月初頭時点では約54%となっていた。
他方,中国以外の産地は,ベトナムやバングラデシュ,カンボジア,インド,インドネシアなどアジア地域が主体であるが,イタリア,ポルトガル,ペルー,アメリカなども産地に加わるようになった。2017年2月末時点,産地は中国をはじめ,日本を含め7か国であったのに対して,2025年3月初頭時点では同,17か国に広がっていた。
さらに,「一部工程外注先工場」「主要素材工場」「副資材工場」のデータをみると,同2025年3月初頭時点における中国でのそれぞれの割合は,57%,51%と39%になっていた。縫製工場を含め,個々工場の生産キャパシティーを考慮にいれるべき課題はあるものの,同社において,「産地としての中国」に関する調整や,産地問題からみるグローバル事業地域のポートフォリオ関連対策が着実に進んでいることが明らかである。
「市場」としての側面からみると,同社によるグローバル事業地域のポートフォリオ関連対策の進展が一層顕著であることが分かる。
同社によるグローバル市場参入の初期から2010年頃までに,同社の店舗分布は中国が主体であり,韓国を加えて全体の8割強を占めていた。その後,現在に至るまでに,グローバル市場全体における中国をはじめとするいわゆる「グレーターチャイナ」(香港と台湾を含むもの)での店舗展開は概ね6割程度にて推移しているが,「グレーターチャイナ」以外のアジア,オセアニアと欧州,北米での店舗展開が進み,それぞれ約3割と約1割となってきた。
さらに,グローバル市場における収益構造のポートフォリオがより明確になっていた。2024年8月期の営業収益からみた場合,(グローバル全体における店舗の分布が約6割の)「グレーターチャイナ」は全体の37%,他アジア,オセアニアと欧州,北米の割合はそれぞれ35%と28%となっていたため,同社経営者が挙げていた,主要地域市場での収益を「各三分の一」という戦略目標は達成しつつあるようにみえる。
特筆すべき点として,上記,2024年8月期の営業収益からみた場合,「グレーターチャイナ」は全体の37%,ということだが,実は,この期においては,他アジア,オセアニアと欧州,北米地域は「大幅な増収増益」,「中国大陸と香港市場は増収減益」,「台湾市場は増収増益」だったため,中国大陸と香港市場での営業収益を全体でみた場合,その割合はさらに低いものとなる。このような事実からみても,中国市場以外での健闘を含め同社による戦略や,グローバル事業地域のポートフォリオが着実に実を結びつつあることが分かる。
グローバル事業の展開において,強権を振るうものや,理念なく「ディール」を強行しようとするものに媚びへつらう企業よりも,広い視点を持ち,自らの戦略と実務を堅実に遂行し,グローバルポートフォリオの最適化を着実に図る企業が勝者となるだろう。
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