世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2568
世界経済評論IMPACT No.2568

インド太平洋経済枠組み(IPEF)参加は「友達」の証なのか

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)

2022.06.13

 トランプ政権下でASEANは米国から軽視されてきた。バイデン政権下でも多くの加盟国は「非民主主義国家」とレッテルを貼られ,不信感は増幅するばかり。しかし「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)では掌を返したかのように,米国は「友達」として理解と参加を求めた。ASEANは,果たして米国が「真」の友達足りうるのか,冷静に吟味している。

異例の厚遇で不信感を軽減

 米国が「21世紀の経済統合ルール形成を主導する」として,通商政策の優先課題に位置付けたのが「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)である。IPEFは,1)貿易,2)サプライチェーン,3)クリーンエネルギー・脱炭素化・インフラ,4)税・腐敗防止,の4本柱から成る。中でもサプライチェーンについて,米イエレン財務長官は22年4月13日に大西洋評議会で,地政学的な緊張がある中,「継続的で信頼できる供給が期待できない国に強く依存するのではなく,一連の規範や価値観を強く守っている国々との関係を深め,協力して重要な材料を確実に供給する必要性」を説いた(注1)。これがバイデン政権の提唱する「フレンド・ショアリング」である。

当初,ASEANからのIPEF参加は一部の国にとどまると見られていた。それは,米国への市場アクセスが含まれていないことに加えて,米国から「フレンド」と見做されていないのではというASEAN側の疑心暗鬼もあった。

 不信感はトランプ前政権のASEAN軽視,そしてバイデン政権下で21年12月に行われた「民主主義サミット」で蓄積された。米国は世界111カ国・地域を招待したが,ASEANで招待を受けたのはマレーシア,インドネシア,フィリピンの3カ国のみ。米国から「非民主主義国家」と烙印を押された7カ国は,面子を潰され,米国不信を増幅させた。

 しかしそれら国々でも,サプライチェーン上で軽視できるわけではない。日本でのIPEFの発足を前に,5月中旬にワシントンで開かれた米ASEAN特別首脳会議で,バイデン政権は関係閣僚や民主党幹部総出でASEAN首脳を歓待した上で,ASEAN側にIPEFへの理解と賛同を求めたのである。その厚遇ぶりに,従来から親中路線を採り,米国から腐敗と人権侵害で経済制裁を受けていたカンボジア・フンセン首相に「米国との関係はここ数十年で『最高レベル』にある」とまで言わせしめた。最終的にIPEFにはASEANから7カ国が立ち上げメンバーに名を連ねた。

参加国・不参加国,各々の思惑

 IPEFに加わったASEAN主要国は,米国が目指す「フレンド・ショアリング」への入場券と見做し,とりあえず参加を表明した。IPEFに参加すれば,米国が「価値観を同じくする友好国=民主主義国」と認めたとも解釈でき,自尊心が満たされる。また経済的には,仮に中国と米国の供給網の分断が進んでも,米中両方の供給網に参加・維持出来る。更には,米国の供給網から排除された中国企業の代わりに自国企業が組み込まれれば,更に大きな恩恵が享受出来る。

 また,最終的に参加するかどうかは,交渉結果を踏まえ,柱毎に「自ら」決められる一方,新たに参加を希望する場合,「別途,手続きと基準が設定される」(ホワイトハウス)ことも,創設メンバーとしての参加に駆り立てた。

 ただしミャンマー,カンボジア,ラオスはIPEFに参加しない。民主主義政権から権力を奪取した国軍が支配するミャンマーは,到底,価値観を同じく出来ない。一方,議長国カンボジアのIPEF参加は,ASEAN自体が米国側に摺り寄っている印象を与えかねないことを懸念した可能性があるが,ラオスを含めて,「参加しない」ことで今後,中国からの経済的利益を期待している可能性もある。

 特にデフォルト危機にあるラオスは,中国との債務削減交渉を期待している。2020年末時点のラオスの債務残高は対国民総所得(GNI)比約95%の172億ドルに積み上がっている一方,外貨準備は対外債務残高のわずか8.1%。これは22年5月にデフォルトに陥ったスリランカ(9.3%),2回目のデフォルト危機にあるパキスタン(12.5%)よりも低い。

ASEANは米国と同じ船に乗っている訳ではない

 IPEFに参加を決めたからと言って,ASEANの米国に対する疑心暗鬼は解消したわけではない。例えば,米国の大統領貿易促進権限(TPA)は21年7月に失効し,通商および関税交渉権限は行政府から議会に戻された。バイデン政権は,IPEFについて議会の承認を得ず,行政協定によってその大部分を実施しようとしている。議会承認なし,つまり国内法を変更しない範囲でIPEFの交渉を進め,実施することになる。その場合,トランプ大統領に葬り去られた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)同様,11月の中間選挙,そして2年後の大統領選挙次第で,交渉自体が無に帰す可能性もある。

 バイデン政権はIPEFの価値と重要性をインド太平洋地域のみならず,米国内でいかに周知出来るのか,政権の本気度が問われている一方,IPEFに参加したASEAN主要国は,逆に米国は真の「友達」足りうるのか冷静に観察している。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2568.html)

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