世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナ感染拡大下の北朝鮮:経済活動への取組
(国際貿易投資研究所 客員研究員・亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2022.05.23
「2020年2月から本日に及ぶまで2年3か月間にわたって固く守ってきた我々の非常防疫戦線に裂け目が生じる国家最大重大非常事件が発生した。5月8日,首都にある某団体の発熱患者(複数形)から採取した検体に対する厳格な遺伝子配列分析結果を審議した結果,最近,世界的に急速に伝播しているオミクロン変異ウイルスと一致するとの結論を下した」。これは北朝鮮で初めて新型コロナウイルスの国内感染者が発生したことを伝える朝鮮労働党機関紙「労働新聞」(5月12日付け)の記事である。感染者発生を受けて,北朝鮮当局は党政治局第8期第8回会議(同12日)を開催し,従来の国家防疫体系を「最大非常防疫体系」に移行することや,党・政府機関が一丸となって感染拡大阻止に向けて取り組むことなどを決めた。金正恩総書記は,感染の急拡大を受けて「建国以来の大動乱」(同14日,党政治局協議会)とまで述べた。
北朝鮮国内の感染状況や感染拡大防止策などについて連日大きく報じられている中,本稿では「労働新聞」を基に,コロナ下における北朝鮮の経済再建に向けた取組に焦点を当ててみたい。
北朝鮮では4月中旬から,最大の穀倉地帯である黄海南道・黄海北道(北朝鮮中部の西海岸側)を中心に全国的に日照りが続いており,北朝鮮の気象部門は,5月中旬まで日照りが続くとの予報を伝えている。当局は「全国,全民を干ばつとの闘争に総動員しよう」(5月8日付け「労働新聞」)とのスローガンを掲げ,党・政府幹部や国民に対して「干ばつ被害を防ぐための闘争」として,小麦やトウモロコシの生育に支障が生じないよう揚水ポンプや灌漑施設の整備,畑への水やりへの動員を進めている。さらに,5月の田植えシーズンも迎え,当局としては「田植え戦闘」に総力を集中させたい意向であるものの,オミクロン変異ウイルスが足かせとなり,その動きは鈍くなっている。
しかし,感染が急拡大する中でも,当局は「経済活動」を縮小させる方針は示していない。「全国のすべての市・郡で自らの地域を徹底的に封鎖し,事業単位,生産単位,生活単位別に隔離した状態で事業と生産活動を組織する」とした上で,「不利な条件を口実にして計画されたことから途中下車したり,活動を止めることは敗北主義であり,すでに成し遂げた成果を台無しにする厳重な退歩である」(同14日付け),「現在の防疫形勢が厳酷だとしても社会主義建設の全面的発展に向けた我々の前進を止めることができない」(同16日付け)と主張するなど,今年の経済目標達成に向けた強気の姿勢を崩していない。防疫の最優先を叫ぶものの,中国型の完全封鎖は行わず,経済との両立を模索していることが読み取れる。その上で「農業部門活動家と勤労者らは,防疫戦線と経済建設で等しく勝利の砲声を響かせる固い覚悟を持って田植え戦闘を力強く繰り広げている」(同15日付け)と報じている。北朝鮮は今年の最重要国政課題として「緊張(不足)した食糧問題」の解決を掲げて穀物の増産に精力的に取り組んでおり,特に,党が提示した今年の穀物生産目標の達成のため,「党の権威保衛戦,社会主義祖国の尊厳死守戦」(同8日付け)と称し,その意味に重きを置いている。
北朝鮮メディアは,今後の展望について「天下第一の偉人であり,敬愛する総書記同志を陣頭に高く奉じているとともに,千万試練の中でも,その威力が余すところなく検証された人民の無窮無尽な精神力があるため,党決定貫徹闘争にも,非常防疫大戦にも我々は必ず勝利する」(同14日付け)などと強調し,連日にわたって国民を鼓舞激励している。とはいえ,コロナ感染拡大防止のため国内サプライチェーンの断絶が一層深化することが見込まれる中,現時点では精神論の強調のみが浮かび上がり,具体的な再建策は見えてこない。
感染拡大阻止と経済目標達成という二つの課題に向けて,金正恩総書記はどのような対策を打ち出していくのか。今後の関連動向が注目される。
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上澤宏之
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