世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国経済に対する米利上げの影響
(独協大学経済学 教授)
2022.05.23
世界的なコロナ感染症拡大の猛威が徐々に下火になってきた今年に入ってから,コロナ対策の優等生であった中国政府はコロナ対策の成功をアピールするように,北京冬季オリンピックを開催したとたん,中国各地は,再びコロナ感染症の拡大に見舞われた。2月に南部の深圳市,続いて,東北吉林省の長春市と吉林市はロックダウンを実施した。3月から,中国最大都市である上海市とその周辺都市も感染者数が急増し,3月下旬から上海市はロックダウンを余儀なくされた。しかし,重要なのは中国が実施したロックダウン政策は諸外国と違い,人流,物流,工場の操業をほぼ完全に止める,徹底的な都市封鎖政策である。これだけに,中国経済が受けた打撃の甚大さは想像を超えるものとなった。
この徹底的なコロナ対策は中国金融当局に長期均衡と短期均衡という難しい選択を突き付けた。長期均衡とは,権威的な経済成長政策の結果,中国経済は人口ボーナスから人口オーナスへの転換,地方政府と国有企業の債務レバレッジ比率及び不動産価格の高止まりという課題で,ここ数年取りかかってきたが,徹底的なコロナ対策による経済への打撃に対する手当は新たに加わった短期的な課題である。マクロ金融政策において,長期的な課題に対処するためには,引き締めが必要であるが,短期的な課題には緩和的な政策が必要である。
この長期と短期のジレンマに対して,中国金融当局は慎重に対応しなければならない。金融政策のスタンスは,穏健的から「穏健的で,機動的な」に微妙に変化した。一口に言えば,長期課題に対して,穏健的で,短期課題に対して機動的な政策を実施した。2020年の1月下旬から今年の5月まで,政策金利である「中期貸付便宜(Medium-term Lending Facility, MLF)」や法定預金準備率をそれぞれ3回,引き下げたが,金利の下げ幅は3.25%から2.85%へ,わずか0.3%,法定預金準備率の引下げも1.25%だけに止まった。一方,コロナ対策の影響が大きい農業や中小型・マイクロ型企業を対象に再融資や再融資金利の引下げを積極的に行い,債務返済猶予に協力した金融機関に特別措置を取ったり,通常の法定預金準備率の引下げのほかにインクルーシブ・ファイナスの比率基準が満たされた中小規模銀行や農村商業銀行などに対して更なる引下げの措置を実施したりした。
このようにして,長期課題に取り組みながら,短期の景気持ち上げを何とかしてきたが,米国の金利引き上げは,中国金融当局に更なる難題を突き付けた。つまり,長期と短期の均衡に更に,国内と海外との均衡にも直面する羽目になってしまったのである。
米中間金利差の縮小は,中国資本の海外流出傾向拡大もしくは海外資本の中国への流入傾向縮小をもたらす可能性が高まった。中国資本の海外への逃避が長年存在する問題で,中国の国際収支バランスシートにおいて,誤差脱落は,2009年以降一貫してマイナス(ネットの流出)と記録されていることから,明らかである。今年に入ってから,経常収支黒字が拡大する中,外貨準備残高は逆に月ごとに減少し,去年年末の3兆2502億米ドルから今年の4月までの3兆1197億元まで減少したことからは,この傾向は続くかとも思われる。続いての証拠は資本逃避ではないが,金利差の縮小による海外資金の中国離れかの動きである。外国投資者の所有する中国国債は,今年の2月に354億元,3月に518億元減少した。また,中國国家発展改革委員会の記者会見によれば,2021年,海外で発行された企業債は1946億米ドルに達した。企業債の海外発行統計は見つからないが,最近,頻発する不動産企業利払い不履行は海外発行規模の縮小と関連するかと想像しても無理ではないかと思われる。米中間金利差の縮小は為替相場にも大きく影響した。20年の5月以降,対米ドル元相場は上昇が続いたが,今年の3月3日(1米ドル6.3016元)にピークを切って元安方向に転換した。5月13日現在,元対米ドル相場は6.7898元まで元安が進んだ。
このように,通貨安と金利安(金利差の縮小)の状態に,更に徹底的なコロナゼロ対策が続けば,資金の中国離れと景気の悪化が更に進むことは容易に考えられる。だからと言って,金利を引き上げ,引き締めるわけにもいかないし,放置するわけにもいかない。中国金融当局の知恵を試されるところである。金融政策以外の方策が登場するかもしれない。
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