世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
あくまで「激変緩和措置」に過ぎない石油製品補助金:「対症療法」ではなく「根治療法」を
(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)
2022.05.23
2022年3月10日から,石油製品価格の激変緩和策の一環として,ガソリン価格の上昇をおさえる補助金の上限が,1リットル当たり5円から25円へ,大幅に引き上げられた。上限額は,4月26日には,1リットル当たり35円へ,さらに上方修正された。この補助金が21年12月に始まった当初から,その実効性と公平性に疑問がもたれていたから,これらの懸念は,補助金増額によって,いっそう強まることになった。
補助金は,ガソリンの小売価格の全国平均が1リットル168円を超えた場合,石油元売り会社等に支給される。ガソリンだけでなく,軽油や灯油,重油も対象とし,政府は,4油種ともに卸価格の上昇を抑制するよう元売りに要請する。その後,元売りの卸価格と販売量の実績を確認したうえで,補助金を支給するという仕組みだ。
実効性に関して,まず問題視されたのは,元売りへの支給という「迂回路」を通すため,補助金の支給幅どおりに末端の小売価格が抑制されるか不確実だという点だ。確かに支給幅が5円だった時期には,卸価格はその通り抑えられたものの,小売価格の抑制額がそれを下回ったり,抑制そのものに時間がかかったりするケースが,全国的に数多く観察された。
ただし,この問題点は,補助金が増額されたころから徐々に解消に向かった。補助金は,石油製品価格の激変緩和策として,それなりの効果を発揮するようになったのである。
それよりも補助金の実効性をあやうくしているのは,世界的に原油価格が高騰しているという事実である。原油価格は,新型コロナ禍による規模縮小からの経済の回復による石油需要の拡大,脱炭素への流れの高まりによる石油上流部門への投資の低迷,産油国の増産への消極的な姿勢などの影響で,20年なかばから上昇傾向をたどるようになった。それが,22年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵略によって,文字通り「急騰」の様相を呈するにいたった。22年3月7日には,ロンドン市場で北海ブレント原油先物の期近物が1バレル139ドルにまで上昇した。
要するに,日本政府がいくら補助金を積み増しても,原油価格上昇の勢いの前には,「焼け石に水」なのである。この点が,補助金の実効性に疑問が生じる最大の要因となっている。
一方,補助金は,公平性に関しても問題があった。元売りへの補助金支給という迂回路方式では,卸価格が一律に抑制されても,最終的な小売価格への反映には差異が生じる。地域や販路によって小売価格の抑制効果に違いができるのは避けられないのである。ただし,この地域別や販路別の差異も,補助金が増額されたころから縮小に向かった。
より深刻な不公平性も存在した。迂回路方式は,ガソリン・軽油・灯油・重油の供給がすべて石油元売り会社によって担われているという前提に立っている。だから,元売りへ補助金を支給すれば「事足れり」と考えていたわけだ。しかし,この前提は,必ずしも実態とは合致していなかった。
日本には,数社であるが,重油の生産・販売を行っているナフテン系潤滑油の中堅メーカーが存在する。現在,市場で販売されている潤滑油の多くは,中東産等の原油から精製されるパラフィン系ベースオイルを使用しているが,一部では,ベネズエラ・アメリカ・オーストラリア・ロシア産等の原油から精製されるナフテン系ベースオイルも用いている。ナフテン系潤滑油は独特の性状を有し,市場で根強い人気を持ち続けているのだ。
問題は,これらのナフテン系潤滑油メーカーが,重油の供給元でありながら,石油元売り会社でないという理由で,当初,今回の補助金の支給対象から外されていたことである。小売市場では,補助金を受けたメーカーが供給した重油か,補助金を受けていないメーカーが供給した重油かについて区別しないから,補助金相当分の価格抑制圧力がすべての重油にかかることになる。補助金を受けていないナフテン系潤滑油メーカーは,この圧力をそのまま自社負担で吸収するしかない状況に追い込まれたのであり,経営上,重大な損失が生じた。しかも,補助金額の増額によって,この損失は甚大な規模のものになりつつあった。これが,メディアがあまり報じていない,今回の補助金支給がもつ不公平性の別の側面であった。しかし,この問題も,22年4月からナフテン系潤滑油メーカーにも補助金が支給されるようになり,解決に向かった。
石油製品価格の激変緩和を公平に進めるためには,トリガー条項の凍結を解除し,ガソリン税の上乗せ分1リットル当たり25.1円,および軽油引取税の上乗せ分1リットル当たり17.1円の課税を停止する「直接方式」を実施することが望ましいとする意見がある。ただし,この方式にも限界があることを忘れてはならない。対象がガソリンと軽油に限定されるため,消費者や事業者を苦しめている灯油や重油の値上がりに対しては,効果を発揮しないからである。
このように見て来ると,石油製品価格の激変緩和策として導入された補助金制度は,徐々に改善され,それなりの効果を発揮したと言える。しかし,所詮,補助金という「対症療法」では,原油価格高騰という本質的な問題を解決できないことは火を見るよりも明らかである。ロシアのウクライナ侵略以前から進む油価高騰に対しては,1970年代に石油危機に直面した時と同様の危機感をもって,エネルギーにかかわる法体系の抜本的改定を含む「根治療法」で臨む必要があるだろう。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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