世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2525
世界経済評論IMPACT No.2525

ロシア支援の中国に対抗する中・東欧諸国:ウクライナ戦争とヨーロッパ版「一帯一路」の終末

田中素香

(東北大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.05.02

 ウクライナ戦争は「ヨーロッパ不戦の80年」をくつがえし,EU諸国にロシア対応と時代認識の根本的転換を迫っている。ドイツの路線転換ほどには注目されないが,中・東欧諸国(バルト3国も含む)の路線転換の重要性も見逃せない。「一帯一路」のヨーロッパ展開にも関わってくる。

ウクライナ戦争と中・東欧諸国

 第1次大戦により4つの帝国(ロシア,ドイツ,ハプスブルク,オスマン・トルコ)が崩壊し,独立した中・東欧諸国は,ナチスドイツに席巻され,その後ソ連に併合されあるいは共産圏に包摂されて40年を過ごし,21世紀初めに11カ国がEUに加盟した。ウクライナ,ベラルーシ,ロシアに国境を接する国では,ウクライナ侵攻のロシアへの恐怖感はひときわ強まっている。

 中・東欧諸国は国家方針を大転換した。難民政策では,シリアやアフガンからの難民を拒絶したポーランドは250万人を超えるウクライナ難民を受け入れ,他の中・東欧諸国も数十万人規模で受け入れた。チェコはソ連製戦車を,スロバキアはソ連製対空ミサイル設備S300をウクライナに供与し,戦闘機の供与も話題にのぼる。ポーランドは西側の支援物資をウクライナに届ける輸送拠点ともなっている。

 これら諸国はソ連の支配から脱してEUに加盟した後も独立意識が強く,「反EU」のポーランドとハンガリーを先頭に,EUの政策に反発する傾向があった。新興国の先進国への反発は一般的だが,中・東欧諸国はEUへの対応を「好みの問題」「交渉課題」と捉えていた。だが,ウクライナ侵攻で,対ロシア防衛は「存在の問題」「譲れない課題」となった。強大なEUを求め,共通外交政策や共通安全保障政策の強化・新構築をEUに迫っている(ハンガリーは唯一の例外)。旧ユーゴのスロベニアでも4月24日の下院選挙で,右派ポピュリズムの与党民主党を抑えて,親EUの中道左派新党「自由運動党」が第一党になった。

EU加盟のポーランドとウクライナの経済格差

 中・東欧諸国は1990年代初めにEU加盟へ動き,90年台半ばに加盟申請,加盟交渉を経て2004年以降EUに加盟した。

 ウクライナはソ連崩壊後91年に独立したが,隣国ポーランドとの格差が目立つ。EU加盟を決めたポーランドには西欧資本が進出し,EU加盟後はEU財政による巨額の支援が続く。経済は好調で,国民1人当たりGDPは1990年比で約3倍に増えた。1990年代初め以降数度訪問した筆者にも首都ワルシャワの近代的大都市への変貌は信じられないほどだ。

 ウクライナの1人当たりGDPは1990年水準より今も25%低いという。オリガルヒや政治腐敗などウクライナ特有の問題が経済成長を阻んだ。150万人を超えるウクライナ移民がポーランドで暮らす。旅行も自由になったウクライナの国民が隣国ポーランドとの発展格差を目にすれば,西側・民主主義・EU加盟に惹かれても不思議はない。中国の躍進で民主主義的資本主義劣位との議論もあるが,ヨーロッパでは自由民主主義が先進国へのキャッチアップにつながっている。

 だが,プーチンは「ウクライナは緩衝地帯としてロシアの属国であり続けるべきだ」と考えている。ヨーロッパの安保問題は複雑なのだが,経済の目で見れば,プーチンの要求は理不尽の一語に尽きる。

NATO撤退を迫るプーチンを支持した中国

 10万人を超えるロシア軍をウクライナ国境に配置した昨年12月,プーチンはNATOに,1997年以前の東欧の状況に戻すよう求めた。

 1997年NATOはポーランド,チェコ,ハンガリーを新規加盟候補国とし(核兵器や常駐部隊を置かない条件の下でロシアも承認),99年加盟承認,NATO加盟国は19カ国に増えた(2000年3月正式加盟,NATO第1次拡大)。今日NATO加盟国は30カ国に増えたが,「97年以前」とは,東欧諸国からNATOが引き揚げよという要求に等しい。当の中・東欧諸国の要望などは無視である。

 プーチンは本年2月4日,北京冬期オリンピックを前に習近平と中露共同声明に署名した。その中の一文にいう。「中国は,長期の法的に拘束力をもつヨーロッパの安全保障を保証するというロシアが提出した案件に共感し,かつそれを支持する」。

 この一文は,上述の「1997年以前の状態に戻す」というロシアの要求を中国が支持したことを意味していると,中・東欧諸国は受け取った。中・東欧諸国の「譲れない存在問題」において中国はロシアに味方したのである。

 この中露声明は両国の友好には「限界がない」とうたい,強い国家協力関係を示す協商(entente)にあたるとの評価もある。ウクライナ侵攻のロシアを中国は支持する。中・東欧諸国は安全保障問題でロシアを「敵」と位置づけたが,中国はその「敵」を支持したのである。

「一帯一路」に中・東欧諸国はどう出るか

 中国の「一帯一路」のヨーロッパ展開を支えているのは「16+1」の中・東欧諸国,うち11はEU加盟国だが,2020年頃から問題が噴出している。中・東欧諸国が「一帯一路」に期待した中国からの投資など経済的利益は僅少で,対中貿易収支赤字が増える。チェコ上院議長の台湾訪問に始まるEU諸国や欧州議会の議員などの相次ぐ台湾(蔡英文)訪問,リトアニアは「16+1」から離脱し,首都に「台湾」(「中国台北」ではなく)と銘打った大使館施設を置くと決めて中国から経済制裁を受けている。20年末にメルケル・習近平両首脳が主導した「包括的投資協定」の批准を21年5月EUの欧州議会が拒否した,など。

 今回そこに中露共同声明がかぶさった。「一帯一路」は経済利益の問題だが,安全保障は死活問題である。「16+1」を主導するポーランドやチェコなどは今年の「一帯一路」首脳会議にどう対応するだろうか。親中のハンガリーやセルビアもいるので,消滅はないにしても,中国と友好国との2国間関係への後退もあり得よう。「16+1」は終末が近いようだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2525.html)

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