世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2523
世界経済評論IMPACT No.2523

韓国次期政権と北朝鮮:対立・混乱・分裂へ

上澤宏之

(国際貿易投資研究所 客員研究員・亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2022.05.02

 「南朝鮮(韓国)で3月9日に行われた第20代大統領選挙において,保守野党である『国民の力』の候補,尹錫悦(ユン・ソンニョル)が僅差で大統領に当選した」(下線は筆者)。これは短文ながらも朝鮮労働党中央委員会機関紙『労働新聞』が3月11日付けで韓国大統領選挙の結果を報じた記事である。今次韓国大統領選挙は,当選した尹氏(保守系最大政党「国民の力」候補)と次点の李在明(イ・ジェミョン)氏(革新系与党「共に民主党」候補)の差は得票率でわずか0.73ポイント(24万7,077票差)という接戦中の接戦であった。投票終了時刻の午後7時半ちょうどに発表されるはずの出口調査の結果も誤差範囲内となり,当確予想の発表に混乱を来すほどであった。韓国メディアはこぞって尹氏の当選を「薄氷の勝利」「半分の勝利」などと報じ,保革対決が「互角の勝負」であったことを印象づけた。

 こうした「僅差」の勝負となった一つの背景には,両候補が(国民からの)「嫌われ者」同士であったことが挙げられる。与党候補の李氏をめぐっては,城南市長時代の宅地造成開発をめぐる不正や親族への暴言,不倫疑惑など汚職や素行の問題が数多く取りざたされた。一方,尹氏についても,自身の検察総長(検事総長)時代の捜査で数多くの不正疑惑が提起された上,夫人の経歴詐称や株価操作疑惑なども相次いで報じられた。こうした状況を受けて,北朝鮮の対外宣伝サイト「統一のメアリ(こだま)」は,韓国報道を引用するかたちで,「両候補の非好感度指数は歴代最高水準に上り,政策論争は姿を消した。相手陣営に対するネガティブキャンペーンに加え,告訴・告発,暴力と脅迫で(選挙は)汚れ,期日前投票では不正の疑いを招くなど全体的に(選挙は)乱れたものであった」と伝えた上で,「歴代最悪の大統領選挙であった」(同12日)と酷評した。

 選挙で勝ったとはいえ尹次期大統領には厳しい門出が待ち構えているのは間違いない。当選直後に行われた支持率調査(リアルメーター社)で尹氏は52.7%を記録したが,これは李明博元大統領の79.3%,朴槿恵前大統領の64.4%,文在寅大統領の74.8%と比較すると,歴代最低の水準である。そしてこうした韓国情勢に敏感に反応しているのがまさに北朝鮮である。本稿冒頭で紹介したように,北朝鮮は今次韓国大統領選挙での勝敗が「僅差」で決着したことに強い関心を示しており,選挙結果を受けて韓国の国論が分裂したと判断した北朝鮮は「革命の好機」と捉えたことは想像に難くない。それゆえ,今後は韓国国内の対立・混乱・分裂を図る「南南葛藤」(韓国における国論の対立・分裂醸成)の形成に向けて,韓国に対する統一戦線工作や心理戦を間断なく仕掛けてくるものと思われる。

 たとえば,北朝鮮の対韓交流団体である祖国平和統一委員会は,自身の宣伝サイト「我が民族同士」を通じて,尹次期大統領の北朝鮮・安保政策などを連日にわたって批判するなど,韓国革新勢力の反保守闘争を扇動しているが,短中期的には同勢力との連携を深めるなどして韓国への揺さぶりを更に強めてくる可能性がある。特に,文政権下で「積弊清算」(過去の保守政権における不正を清算すること)という名の階級闘争に明け暮れた「共に民主党」に強い期待と関心を傾けているのはいうまでもない。いわゆる「検察改革」をめぐって文政権と保守勢力が激しく対立し,「国が割れた」とまでいわれた2019年の「曺国(チョ・グク)事態」の再現に向けて韓国国内の保革対立を執拗に煽ってこよう。また,金正恩総書記が文大統領からの退任を伝える親書(4月20日)の返書で「北南首脳が歴史的な共同宣言を発表し,全民族に未来への希望を与えたことについて振り返り,任期最後まで民族の大義のために努めてきた文在寅大統領の苦悩と労苦について高く評価した」(同21日付け朝鮮中央通信)ことも,「統一勢力」対「反統一勢力」,「南北共助派」対「米韓同盟派」の対立構図を韓国国内に植え付けようとしたことにほかならない。そしてもちろん,北朝鮮による「南南葛藤」醸成の延長線上には,「米韓離間」「反米自主化」という狙いが潜んでいることは多言を要しない。

 今次大統領選挙の「僅差の勝負」を今後も巧みに操り,保革両勢力のいずれにも肩入れせず,不安定な政局の醸成を通じて韓国をカオス化させるのが北朝鮮の意図である。北朝鮮にとって韓国の革新勢力は,統一戦線工作の上で戦術的に対話の相手になり得るものの,利用価値が低下すれば,放置・無視するか,打倒の対象としてきた。尹次期大統領は,国民の和解と統合に向けて「国民統合政府」の樹立を目指す方針を掲げ,政権の安定化に向けて,安哲秀(アン・チョルス)代表率いる中道政党「国民の党」と党合併するとともに,かつて廬武鉉政権や民主党で活動した人物を主要ポストで迎え入れるなど,中道・左派を含めた幅広い階層の取り込みに注力している。しかし,議会は「共に民主党」が6割近い議席を占めており,2年後の総選挙まで「ねじれ国会」(与小野大)が続くため政局の不安定要因は残る。6月には統一地方選挙を控えている上,尹次期大統領が公約で捜査権の復活を目指すとした検察から捜査権を完全に取り上げる「検察捜査権完全剝奪法案」の成立を推し進めるなど,現与党は尹次期政権との対決姿勢を強めている。韓国で政権移行期を迎え,北朝鮮による挑発の度合いが増すことが懸念される中,5月10日に政権が発足する尹次期大統領にとって,北朝鮮と互角に向き合うためにも,一刻も早く国民をまとめ上げることが肝要となってくる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2523.html)

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