世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
世界を変える日本人社会起業家達
(都留文科大学 教授)
2022.04.18
世界的に,個人主義,自国ファーストの風潮が蔓延する昨今において,海外の社会課題の解決に躍起になる日本人社会起業家が出てきている。彼らは,海外で,日本では考えられないような様々な社会問題に直面し,そこに飛び込みそれらの問題をどうすれば解決できるかもがき,一定の成果を上げている。起業家と言えば,自分の私利私欲のために事業を起こし頑張るものだと思われがちであるが,実は必ずしもそうではない。まだ少ないが,そういう海外の日本人社会起業家たちに光を当ててみたい。
増田悠氏は,ハノイで,橋の下に暮らす貧乏な子供たちが働く多国籍レストラン「ぺぺラプール」を経営している。1980年東京出身,1998年服部栄養専門学校卒業後,1999年にスパルタ教育で有名な際コーポレーションに入社し,コンラットホテルの中華や,ダイヤモンドホテルの中華で修業を積んだ。その後,2010年にハノイのロンビエン橋の下の子供たちにボランティアで料理を作る仕事をした。その際,教育が無く職もない子供たちの貧困の連鎖を知り,子供たちに,レストランを作ると約束した。帰国して,スペイン料理店でお金をためながら,「ベトナムに行きたい」と周囲に話しまわった結果,願いが叶い2012年ホーチミンの日本食レストラン立ち上げシェフとして,ベトナム赴任した。契約終了後,2014年ハノイで多国籍料理店「ぺぺラプール」を立ち上げ,橋の下に暮らす貧乏なボートチルドレンたちに働いてもらう。皆,覚えていてくれたとのことである。この子供たちを職に就かせてあげたいという一念でレストランを立ち上げ彼らを従業員として雇った。現在ではハノイの人気レストランとなっている。
薬師川智子氏は,1988年奈良県生まれ。テキサス大学アーリントン校に進学し,国際協力を専攻した。2011年に,日本に帰国し農林中央金庫に勤務。2014年青年海外協力隊員としてケニア・ミゴリ郡へ赴任し,農家とともに暮らす中で,農村の生き方にひとの幸福のあり方を見出した。一方,貧困という複雑な問題にも直面した。この経験から,農村を中心に,幸福な社会のあり方を追究したいと考えた。そこで,ケニアの貧困・食糧問題解決に取り組む農業サプライチェーン・マネジメント会社「Alphajiri Ltd.」(アルファジリ社)を起業し,貧困に苦しむケニア・ミゴリ郡の小規模農家に対し,種子や肥料の貸与・農業指導などの,生産量と品質を向上させるシステムを提供することで,収入向上をサポートしている。約600人以上の会員農家を約15人ずつの共同貯蓄・貸付機能を持った自助グループに編成し,活動を支援。収穫された高品質な大豆など農産品を一定水準の価格で買い取り,現地の加工メーカーやレストランに販売している。コロナ禍に直面した時には,急激な売り上げ減に直面したことから,小売店舗を作り,一般消費者に直接販売に乗り出した。首都ナイロビに新鮮・健康・クリエイティブをコンセプトとした有機農産物の青果小売店をオープンし,開店半年で黒字化を達成,業績は伸長し続けている。社会起業家である薬師川智子氏は「業績を挽回する」という考えより,むしろ「農村の農家のために何ができるか?」を常に考えて行動している。
黒柳英哲氏は,ミャンマーの農村部で2つの事業を行っている。1つは,小口融資(マイクロファイナンス)業者に業務管理システムを提供するビジネス(ミャンマー最大手)。もう1つは,人々の生活を支える家族経営の商店から携帯電話で注文を受け取り,店頭まで商品を届ける配送サービスである。1980年埼玉県春日部市出身。17歳でインドを3か月間回ったのを皮切りに,何年もかけて世界中を回った。現地の人たちと触れ合ううちに,世界の中には極端に貧困な地域があり生まれながらにして人生の選択肢が狭められている人がいるという現実を目の当たりにした。それらが原体験になり,貧困・不平等などの世界の社会課題に疑問を持った。東日本大震災が起こり,ボランティアやNGOの事業担当として被災地支援に通った後,途上国への関心が抑えられずNGOに転職した。2015年,35歳の時に,マイクロファイナンスを工夫することによってより多くの農村の貧困層を救うという信念で起業し,リンクルージョン社を立ち上げた。マイクロファイナンスで,顧客の世帯収支や生業,家族構成などを一元的に管理できる画期的なシステムを提供し,金融機関が継続的にデータを採って分析し,事業に助言する。これにより,借主の貧困からの脱却につながるような施策を打てるのである。さらに,2018年には,日用品などの物資が十分に届かない農村にある個人経営の零細小売店向け物資の定期配送を試験的に始めた。食用油,調味料,野菜などの食品,粉末飲料やソフトドリンク,石鹸や洗剤などの生活用品,医薬品,携帯電話のプリペイドカードなど約300品目を取り扱った。口コミで評判が広がり,2019年4月に事業を本格化した。2021年の軍のクーデターで配送サービスは一時中断したが,翌週には再開した。クーデターによって寸断されたライフラインの供給を担うため,従業員の安全を第一としながらも,農村にある1,000店を超える零細店舗への生活必需品物資の納入を支えている。
今,日本の若者たちの意識は,大きく変化してきている。失われた30年の間,成長できない政府や企業に失望し,社会に不信感に似た思いを抱き始めている。利益を追求すれば世の中がうまくいくという市場原理主義にも,もはや共感せず,むしろ「そんな世の中をどうにかできないか」と考える学生が出てきた。彼らは,自己実現のために,より価値のある,尊敬できる仕事に就きたいと切望するが,もしそういう仕事がない場合には,自分で社会課題を解決しようと起業するようになってきている。そして,その中には,海外の,日本よりもっと悲惨な社会課題に目を向け,変革を試みている日本人社会起業家がいる。ここに取り上げた3人は,その一部である。彼ら一人ひとりは,小さな力であるが,彼ら社会起業家の潮流は,世界を変える大きな力に成長しつつある。
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佐脇英志
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