世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシア・ウクライナ戦争で考える人類史
(敬愛大学経済学部経営学科 教授)
2022.03.28
ロシア,ベラルーシ,ウクライナは東スラヴと呼ばれ,国家が成立したのは9世紀。ゲルマン民族のヴァリャーグ(ヴァイキング)が幾つかの公国(都市国家)を建国し,連合してキエフ大公国となった。10世紀にはビザンチン正教を国教化した。
農耕や狩猟を行なうスラヴ人は,奴隷(Slave)の語源になったほど素朴な民族だった。ヴァイキングは船で活発に交易を行う部族で,東スラヴで毛皮や蜂蜜,奴隷を調達し,ドニエプル川から黒海を通じて東ローマ帝国と交易を行なった。
素朴なスラヴ人を変えたのが『タタールのくびき』と呼ばれる13〜15世紀のモンゴル帝国による支配だった。
史上最大の帝国は,南宋を滅ぼして始皇帝以来の統治機構を継承した元と,三つの遊牧国家(ウルス)の連合帝国だった。ウクライナから中央アジアのキプチャク草原に成立したジョチ・ウルスは,征服地に徴税官と駐屯部隊を置き,戸籍制度を敷いて人頭税と軍役を課した(以下も含め岡田英弘『世界史の誕生』による)。
モンゴル帝国は宗教には無関心で,イスラム商人を保護し,出資して配当を取ったことは,資本主義の萌芽と言える。中東欧から極東にまたがる大帝国の出現は,市場統合の意味を持った。通貨の銀が不足するほど交易量が増大し,南宋で発明された紙幣が使用された。東アジアの豊富な物産と,安全に旅行できたマルコポーロの旅行記が,キリスト教圏の欲望と好奇心を刺激し,15世紀半ばから始まる大航海時代と称する有色人種国家の征服・植民地化時代を生んだのである。
また,モンゴルは先鋒,本隊,近衛兵,輜重隊,軍法,情報伝達網を備えた人類初の近代的軍事組織を創った。スラヴ人は「タタールのくびき」を通じて,大帝国の軍事や植民,統治のノウハウを学んだのである。
キエフ大公国はタタール襲来前から衰退し,東スラヴの中心はモスクワ大公国に移った。一方で,ウクライナ中南部,南ロシア,カザフスタンでは,遊牧民の一部がキリスト教(正教)に改宗し,没落貴族や脱走した兵士や農奴と一緒になって,騎馬武装集団の共同体(コサック)が誕生した。
ポスト『くびき』時代,モスクワ大公国はロシア・ツァーリ国からロシア帝国となり,コサックは傭兵となってロシア帝国の治安維持や国境警備に従事することで地位を確立した。モンゴル帝国は均等相続が原因となって分散,分裂して滅びたので,その空白を埋めるように,ロシア帝国は東方へ拡大し,コサックが屯田兵となって植民した。
18〜19世紀にヨーロッパで高まったロマン主義・民族主義はウクライナにも波及し,ロシア帝国からの独立を求める民族主義となってウクライナ国歌が作詞・作曲された。ソ連崩壊後に法制化されたウクライナ国歌は,次の言葉で終わる。
「自由のために身も心も捧げよう 今こそコサック民族の血を示す時だ!」
ロシア革命では,コサックは旧勢力の一部として赤軍と戦い,敗北して徹底的に弾圧された。弾圧の一環として,ホロドモールと呼ばれる飢饉が1932~33年に発生した時は,スターリンが輸出用穀物の供出を命じ,ウクライナだけでなく南ロシア,カザフスタンのコサック地域全体で大量の餓死者が発生。そのため第二次世界大戦では,コサックの残党たちはナチスドイツを解放軍とみなし,共にソ連と戦ったこともあった。
今,ウクライナの極右武装集団が親欧派と共にロシアに敵対しているのは,ウクライナ独立の理念,コサックとしての民族意識が基盤となっていることは明らかである。ネオナチと呼ばれているのは,ナチスから民族主義と規律を取り入れているためで,ユダヤ迫害とは無関係だと考えられる。なぜなら,ポグロムと呼ばれるヨーロッパのユダヤ迫害は,16世紀に宗教改革の提唱者マルティン・ルターが『ユダヤ人と彼らの嘘』を書いたことから始まり,政治外交の矛盾や不満のはけ口として行われてきたのであって,ナチスだけの問題ではないからである。ヨーロッパの歴史は,奴隷化や皆殺しを繰り返し,政治的矛盾は殺戮なしには解決せず,しばしばユダヤ人が標的となったということであろう。
侵略された時,個人が身命を捧げて集団を守る自衛戦争は,動物や昆虫と同様に肯定される。しかし,自衛戦争と侵略戦争は区別しなければならない。侵略戦争を行うのは,専制政治や金融資本,石油資本,軍産複合体であり,様々な宣伝や煽動で大衆を犠牲にし,権力の維持や利益の追求を画策している。これこそ人類の敵である。
自衛戦争もまた,憎しみと報復の連鎖を断たねばならない。ベトナムの「行動する仏教」指導者ティク・ナット・ハンは,農村建設の仲間をアメリカの爆撃で失った時,怒りの炎を鎮めて「人類の真の敵は,怒り,憎しみ,貪り,狂信,差別心」と呼びかけた。これを聞いたマルティン・ルーサー・キング牧師はベトナム戦争反対を宣言したのである。
- 筆 者 :藪内正樹
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
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