世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2479
世界経済評論IMPACT No.2479

グローバリズムの時代とその変容:「3つのグローバリズム」その挫折と行方

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2022.03.28

プーチンWARが引き起こした「グローバル・エコノミーの断裂」

 2022年2月,北京冬季五輪前後に始まったプーチン・ロシアによるウクライナの包囲と侵攻は,大都市(住宅/病院/生活インフラ)攻撃による瓦礫の山,ミサイル着弾による電力施設等の炎上,地下室などで耐え忍ぶキエフやハリコフ/マウリポリ市民,といった凄惨で生々しい映像が様々なメディア(とくにネット/SNSによる時間差の無い画像)を通じて次々に伝えられ,とりわけロシアと近いヨーロッパを中心とする諸国民を震撼させた。

 現在も進行・拡大中のロシアによる,ほぼ無差別的な破壊の凄まじさは,見る者に直接的・物理的恐怖を与え,プーチン・ディスポティズムがもたらした戦争の凶悪さを焼き付けた。

 また突然襲ってきた巨大な災禍の下,閉塞(更には生死の極限状況)や避難を強いられる姿は,地震・津波等の大災害やコロナ禍でなどの被災・災害死を経験している,日本を始め世界の人々を大きく動かした。さらには民主主義各国の国民は,国連安全保障理事会などでまさに示されたように,国際間の諸ルール(国際法など)や道義/人道など,いざとなれば頭から無視・蹂躙しながら,自らを正当化しプロパガンダを展開して憚らない,異形の支配原理・価値観を保持・強行する超核大国の姿を,直視せざるを得なくなった。

 これに対する欧米諸国(特にEU)の対応は迅速で,かつドラスティックであった。

 これまで,求心力が大幅に低下(EU),深刻な分断(米国・EU)を抱えていた欧米諸国であったが,ドイツを筆頭にロシアとエネルギーを中心に緊密に結びついた関係や,欧米企業が対ロシアビジネスで構築した投資/ネットワークを即時に凍結・停止するなどの,強力な「経済制裁」に踏み切るに至った。

 とはいえ,グローバル化した経済関係をデカップリング(貿易・交流・通貨決済などの制限・断絶)し,企業投資(資産)をダイベストメントすることで生じてくる,膨大な経済コスト(直接的にはエネルギー,小麦等食品・基礎資材の不足や高騰,希少金属等が供給途絶)の負担を筆頭に,国際経済への甚大なマイナス影響は今後当然予想される。しかし,あたかも第二次大戦,冷戦時代を彷彿とさせるプーチン・ロシアの隣国侵攻と,これに対する「墨攻」的な戦闘とネットをフルに駆使し国際社会に訴えかけるウクライナの善戦に触発されて,欧米諸国他は「民主主義」を基軸として,「グローバル・エコノミー」の軌道を大きく修正させつつある。

グローバリズムの時代

(1)90年代に始まった世界経済の潮流変化

 日本が,90年代直前に経験した危機(バブル経済とその崩壊)は,「危機」への政策対応の失敗と相まって,経済成長を大きく頓挫させ,その後の「失われた20年(30年?)」と称される(相対的)停滞を長期化させた。一方この時期,日本を取り巻く(マクロ・ミクロ的)経済環境を一変させたのが,「ICT革命」と「グローバリゼーション」であった。

 冷戦構造が終焉し,市場経済が飛躍的に拡大した中で,とくに経済の需要・生産・供給・市場・消費といった各フェイスで,グローバリゼーション(グローバル化)がもたらしたインパクトは甚大であり,ICT・DX(デジタル・トランスフォーメーション)時代に至る,情報(空間)の量・質・速度の未曾有の拡張深化と相まって,全ての経済主体(各国政府・企業・国民)に対して不断の影響力・支配力を行使している,といえよう。

(2)米国が主導した「グローバル・ビッグバン」

 90年代,米国が創始した新たな産業革命ともいうべき「ICT革命(情報通信革命)は,当初「ニュー・エコノミー」と称され,①インターネットや情報通信関連プラットフォーム,ソフト/コンテンツの創造・供給,ハード(スマホ等情報媒体の進化)といった「ICT産業」自体の興隆と急成長に留まらず,ICT活用による広範な産業/企業への画期的なインパクト(様々なビジネスモデルの創造や,インターネットによる市場空間の創造,BtoB,BtoCでのビジネススタイルの変革等)をもたらし,「グローバル化に踏み出した市場経済」を席巻するに至った。多国籍企業は,最適な生産拠点を地球規模で選択し,人材や資金を投下し,生産/分業ネットワークを構築した。また市場の拡大は,経済活動やマーケティングを地球規模に押し広げた。こうした全世界的な経済の緊密化を背景に,経済的に一体化しつつある世界をリードする政治経済理念として「グローバリズム」が登場し,急速に力を得ることとなった。

グローバリズムの変容(3つのグローバリズム)

①市場主義型グローバリズムの繁栄と挫折

 1990年代,冷戦崩壊とICT革命を背景に,米国がリードした当初のグローバリズムは,米国ICT企業が創出した画期的イノベーションのグローバル・スタンダード化を実現し,その隆盛は,規制緩和,市場による支配,winner takes allを推し進める「市場原理主義」の席巻に至った。しかしその結果として,米国で経済のバブル化と,格差が著しく拡大する中,リーマンショック(2008年)で大きく頓挫した。金融工学を駆使したイノベーションは,金融機関本位に偏しサブプライムローンの証券化という「仕組みバブル」に陥り,その崩壊はグローバルで深刻な金融・経済危機をもたらした。そして「市場の失敗」は,政府の強い介入と再規制無くして克服できなかったのである。米国は政治社会的ステージでも2000年代,イスラム諸国を始め異文化/異宗教,歴史的段階が異なる国/民族のインクルージョンに失敗し(アフガニスタン,中東諸国),米国自らも,深刻な政治的分断が進行している。

②EU主導(経済統合)型グローバリズムの限界と停滞

 長期にわたって,欧州各国の利害を調整し,市場や通貨の統合を成功させ,拡大と深化を繰り返しつつ経済統合を促進してきたEUでは,しかしながら,財政統合・政治統合というハードルの前で停滞を余儀なくされた。そして2010年,財政規律「EUスタンダード」が遵守されずに生じた「ギリシャ危機」(ユーロ・ソブリンクライシス)で域内経済が大きく混乱し,またEU外部から流入する移民や難民を巡る域内対立を収束できず,ついに2016年には国民投票による英国の離脱を招くに至った。統合のメリットよりも内部矛盾やEU諸機関の支配への反発が強まり,統合の理念が色褪せ始めた。(これに対しEUは,ICT時代に入り経済社会的に地盤沈下したリーダーシップを,③のエコロジカル・グローバリズムを主導することによって,回復・発揮する政策に注力しつつある。)

 結果論ではあるが,上記①・②それぞれのグローバリズムは,そのパラダイム自体に深刻な「空洞部分」を抱える中,世界(経済社会)の「構造的差」・「時差」に的確に目を向けず,また過小評価したまま,自らの理念の実現,グローバル・スタンダード化をリードし続けた結果,深刻な諸矛盾が顕在化し,或いは(金融グローバリズムにみられた様に)暴走に至り,ついには行き詰りを見せることとなった,とみられよう。

③エコロジカル・グローバリズムの躍進

 90年代ICT革命がもたらした主導的産業の交代は,21世紀に入り,ICTテクノロジーとイノベーションが経済成長を主導するDX時代に突入した。こうした中で著しく発展し,大成功をおさめたのが中国であるが,ものつくりとICT,巨大な市場を背景に超大国化した中国が展開する独自のチャイナ・グローバリズムは世界性を獲得する域には達していない。

 こうしたなかで,先進国から途上国迄カバーする新たなグローバリズム(エコロジカル・グローバリズム)が,様々な科学的根拠・支援も得て国際政治・経済・社会を巻き込みつつ,大きく躍進するに至った。SDGs(Sustainable Development of Goals)はその一大体系・プラットフォームと位置付けられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2479.html)

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