世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2463
世界経済評論IMPACT No.2463

ロシアのウクライナ侵攻と国際社会の本質:国際関係論はリベラリズムかリアリズムか

金原主幸

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.03.14

 「まさか本当に軍事侵攻はしないだろう。あくまで外交上の駆け引きにすぎない」といった当初の甘い見通しはあっさり覆され,ロシアはウクライナに軍事侵攻した。しかも「落としどころはドネツク,ルガンスク両州の制圧後の外交的決着か」との一部の専門家の予想分析も早々に外れ,首都キエフの制圧を狙っている(3月8日現在)。もはや戦争以外の何ものでもない。事態は日々刻々動いていて今後の展開は全く不透明だ。核兵器使用をちらつかせ精神異常説まであるプーチンの頭の中を覗くことは誰にもできない。そこで本稿では,今般のプーチンの暴挙によって再認識されるべき国際社会の本質は何かについて論じてみたい。それは,日々のメディア報道や解説では殆ど言及されていないものの,直視せざるをえない不愉快で不都合な国際関係の本質である。

 昨年,筆者は大学時代の同窓生らと共著で出版した書籍(『既成概念を崩せ~息づく東大教養学科の精神』星雲社)の中で「アカデミズムとしての国際関係論では,大雑把に分類するとパワーポリティクス重視のリアリズム論と道義的価値観や国際規範を重視するリベラリズム論に分かれる」旨解説し,現実の国際社会をよりよく説明できるのはどちらかについて若干の検証を試みた。そこでは,国際社会の実態はリベラリズムとリアリズムの混合体と認識するしかないと一応結論づけた。同時にロシアのクリミア編入(2014年)や中国,北朝鮮等の軍事行動に鑑みると,しょせん国際社会は「無秩序」で「無政府的(アナーキー)」と断じる古典的なリアリズム論に軍配が上がるかもしれないことを指摘した。残念ながら,今回のプーチンの暴挙はそうしたリアリズム論の優位性を改めて実証することになった。

 ロシアのウクラナ侵攻に対して国際社会は一斉に厳しい非難の声を上げた。ロシア国内を含む世界各地で大規模な抗議デモが行われており,政府レベルではG7の主導でかつてないほど厳しい対ロ経済制裁に踏み切った。国連では圧倒的賛成多数で非難決議が採択された。日本の政府首脳や外交当局も追随するように「力による一方的な現状変更は明白な国際法違反」であり「紛争解決に武力行使は行わないことを大前提とする国連憲章に反するものだ」等の発言を繰り返している。

 こうした世界中に巻き起こっているロシア糾弾の大合唱がロシアをウクライナ全土(クリミアを含む)からの無条件での全面撤退にまで追い込むことができるならば,リベラリズムに依拠する国際関係論は単なる理念やイデオロギーではないことが証明されよう。だが,残念ながらそのような見通しが立つ兆しはない。仮に両国間に停戦合意が成立したとしてもその中身がプーチンが要求するウクライナの中立と非軍事化に近いものであれば,それはロシアの軍事侵攻の成功を意味し,パワーポリティクスに依拠するリアリズム論が立証されたことになる。「国家の武力によって奪い取られた領土を奪い返すには国家の武力しかない」という16世紀の欧州における絶対主義国家の誕生以来,第二次世界大戦の終了に至るまで支配的だった国際関係の常識が,21世紀の今日においても実は完全には消滅していないのである。

 そもそも国際法を構成するいかなる条約(二国間,多国間)も国連憲章も国内法的な意味での絶対的強制力を持つ法律ではない。しょせん,各国の主権を前提とした国家間(加盟国間)の約束ごとにすぎない。最も重大な国際法違反であるはずの他国への軍事侵略を犯した国を物理的に取り締まる超国家的性格の「世界政府」も「世界警察」もこの地球上に存在しない以上,国際法の遵守は各国の善意と自制力を前提にするしかないのである。それが国内法と国際法の根本的な違いである。

 むろん国際社会の事象の全てがアナーキー的だというわけではない。日本はじめ殆どの国家(特に民主国家)は国際法をほぼ遵守しており,通常は国際社会の平和と秩序はほぼ維持されている。今回のようなアナーキー的状況が顕在化することはめったにない。だが,めったにないことと絶対ないこととは雲泥の差である。

 米国のバイデン大統領は「(ウクライナに)軍を派遣しないのは第三次世界大戦を起こさないため」と発言し,ロシアのラブロフ外相は「欧州大戦となれば核戦争になる」と発言したが,これらは劇中劇の台詞などではない。現実であり,今そこにある危機である。我々が最も懸念すべきは,プーチンのような古典的国家観に親和性を持ち気脈を通じかねない国家指導者が東アジア地域だけでも複数存在することだ。「G7や国際社会と連携をとりながら引き続き適切に対応していく」といった通り一遍のワード・ポリティクス/ディプロマシーだけで今後,日本の安全保障が担保できるのか甚だ心許ない。パワーポリティクス剥き出しのプーチンの蛮行は平和慣れした日本への冷酷な警鐘と受け止めるべきだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2463.html)

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