世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシアのウクライナ侵攻と東アジアの安定の願い
((一財)日中経済協会 元理事長)
2022.03.14
世界経済の先行きは極めて暗くなった
IMFは1月に発表した2022年の世界経済見通しで,世界の今年の成長率を下方修正して4.4%とした。しかしその後のロシアのウクライナ侵攻で,見通しは遥かに厳しくなった。
李克強総理は,全人代で中国の2022年の成長率を5.5%程度と発表した。経済運営の基本については例年通り年末の中央経済工作会議で決定され,政府報告はその具体化である。今回の工作会議は,例年になく「安定を最優先」と決定した。新華社は,工作会議のプレスリリースが「安定」を25回も繰り返したと紹介し,「中国の経済発展は需要縮小,供給ショック,見通し悪化の三重の圧力に直面している」,と政府の重大な危機感を伝えた。ちなみに昨年末の青年層(16~24歳)の失業率は14.3%にも達して,絶望した「寝ころび族」が話題になった。さらに今年は史上初めて1,000万人を超える大学新卒者が現れるので,就職対策が中国政府の優先課題になっている。
IMFは,中国の今年の成長について,ゼロ・コロナ政策による混乱と不動産不況を理由として4.8%と低く見通したが,中国政府は敢えて高めの5.5%と設定して,政策を投入して経済の安定を実現する覚悟を示した。
なお米国についても,IMFは4.0%と低く見通した。ビルド・バック・ベター政策が議会承認を得られないこと,金融緩和解除の前倒し,供給不足継続が理由だ。ユーロ圏についても,コロナ感染拡大とエネルギー価格高騰により3.9%と低い見通しを発表した。
ASEANは世界経済の成長の芽
IMFの見通しでは主要国は揃っては弱含みだが,例外的にASEAN(5国)は今年5.6%,2023年は6.0%と成長率が加速していく見通しで,世界の成長の明るい芽となっている。
ASEANの成長は,貿易の伸びに大きく支えられている。なかでもベトナムは20年のコロナ危機でもプラス成長を実現し,昨年は対米輸出が24.9%も増加した。米国の輸入障壁を迂回するため,および中国の人件費上昇を回避するめに,ベトナムはじめASEANへの企業進出が盛んになっている。
年初に発効したRCEPも,東アジア各国の経済成長を促進する見込みだ。ASEAN諸国は,サプライチェーンが発達しているうえに戦禍の欧州から隔たっていることから,TPPとRCEPによって域内発展を遂げつつ欧米への供給基地として貢献し,高い成長を続けると期待される。
世界2大ブロック化の懸念
ロシアのウクライナ侵攻は,ナチス・ドイツのズデーテン併合,独ソのポーランド分割の再演劇に見える。他方ではヒットラーに対する宥和政策失敗の教訓は,生きているようである。欧州諸国は,専制的指導者が容易に軍事侵略を始めた事実に直面して,ドイツの防衛政策の劇的転換が象徴するように,対ロシア中立体制から対決体制へと大転換した。
米欧日の自由圏が結束して科した金融制裁と中銀資産凍結措置は,ロシアの対外経済関係断絶,ルーブル暴落など驚異的な威力を見せつけ,しかも日を追って効果が浸透している。しかしプーチン氏は核兵器使用さえも匂わせて,必ずウクライナ占領を達成すると宣言している。
自由圏が発動した金融制裁は,目的を達成せずに解除すれば侵略を容認することになるために解除は困難であり,対決は長期化せざるを得ない。これによって,ロシア陣営は自由圏からはっきりと分断されてしまった。中国の親ロシア姿勢が警戒されているが,仲介の機会を慎重に探っているとも想像される。
なおルーブル暴落,石油輸出減少,世界的忌避によってロシア経済は低迷を免れず,経済規模は縮小し続けると予想される。ウクライナ占領を続けたとしても,経済力が衰退すればロシアの勢力は維持困難になると思われる。
東アジアの願い
東アジアでは,ウクライナ侵攻に関連して次のように願いが広まっている。
まず,台湾海峡の平和の維持である。台湾では「今日はウクライナ,明日は台湾」と中国の台湾侵攻の不安が高まっている。
ウクライナ侵攻で自由圏諸国は,大きな損失も覚悟して専制的指導者の軍事侵攻に立ち向かっている。台湾有事となれば米国は当事者として取り組み,同盟国の日本,英豪ほか欧州諸国も連携するので,ウクライナ防衛を遥かに超える大問題になる。両岸当事者の平和な話し合いを,世界は強く願っている。
第2は,中国の親ロシア姿勢の修正である。中国が親ロシアを続ければ,中国経由ロシア向け輸出あるいは対中国輸出に規制が始まることが予見される。すでにその兆候が見られ,さらなる強化が懸念される。中国はRCEPの全ての国にとって最大の貿易相手国だけに,影響は極めて大きい。中国が対ロシア姿勢を修正することによって,地域の安定と成長が続くことを全ての域内国が願っている。
- 筆 者 :清川佑二
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :国際政治
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