世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
対照的なアジアの経済統合への米中の姿勢
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2022.03.14
バイデン政権が発足し1年以上が経過したが,米国はTPP復帰の姿勢をみせない。2022年1月には中国を含むRCEPが10か国で発効した。米国はRCEPのメンバーではなく,TPPから離脱している。米国は,韓国,シンガポール,豪州と2国間FTAを結んでおり,日本と日米貿易協定(2020年発効)と日米デジタル貿易協定(同)を締結しているが,アジアあるいはアジア太平洋の広域経済統合には参加していない。一方,RCEPを早々に批准した中国はCPTPP加入申請を行うなど米中両国はアジアの広域経済連携に対し対照的な姿勢をみせている。
バイデン政権は国内経済再建を通商問題より優先している。バイデン大統領は,「国内で労働者や教育への大規模な投資行うまでは新たな貿易協定を締結しない」,「通商交渉の労働ルール検討時は労働者の代表を同席させる」などと発言しており,TPP復帰の可能性は当面ない(注1)。中国がCPTPP加入申請を発表したときの記者会見ではサキ報道官が,①大統領は現在のTPPに再加入しないことを明確にしている(The President has been clear that he would not rejoin the TPP as it was initially put forward)」,②労働と環境に関する規定が不十分,③インド太平洋地域における経済的パートナーシップと連携については再交渉の機会があれば討議に参加などと発言している(注2)。
中国は内循環と外循環を連結する双循環戦略を2020年に発表している。内循環は経済と重要技術の対米依存の削減を目指す戦略であり内需主導の成長と産業高度化(イノベーション,核心的技術の国産化,サプライチェーンの強靭化など)を目指しており,外循環では輸出入の共同発展,対外対内投資の協調的発展,多国間・2国間の協力メカニズム,一帯一路経済貿易協力の深化などを進めるとしている(注3)。中国は外循環戦略によりアジアの経済連携に積極的に参加しており,RCEPの妥結に協力するとともに2021年9月16日にCPTPPに加入申請を行った。2021年11月1日にはデジタル経済パートナーシップ協定にも加入申請を行っている。
このように米国がアジアの広域経済統合から離脱した状況が続く中で中国がアジアの経統合に積極的に参加し関与している。この状況が続くとアジアの経済,サプライチェーン,通商秩序に大きな変化をもたらすだろう。まず,①経済統合に参加する国(中国など)は統合の効果により貿易投資が増え,経済成長が促進されるが,参加しない国(米国やインド)は貿易転換効果によるネガティブな影響を受ける。②関税撤廃や円滑化により経済統合の参加国間のサプライチェーンの構築が促進され,より統合された経済圏が形成される。③加盟国が増加する見込みのCPTPPやDEPAで新たな通商ルールが創られる可能性が高いが米国は参加していない。そのため,中国の経済的影響力が強まるとともに,アジア各国が貿易やサプライチェーンにより中国への依存がさらに深まる。アジアの経済秩序における中国の発言力がより強まる一方で,米国の影響力や発言力の低下は避けられないだろう。
そのため,米国の外交や通商分野の有識者は「米国がインド太平洋経済秩序の傍観者になりさがる(ハース外交問題評議会会長)」などと指摘し,CPTPPへの復帰を促している(注4)。
そうした中で,2021年11月の東アジアサミットでバイデン大統領はインド太平洋経済フレームワーク(IPEF)構想を明らかにした。IPEFは,2022年2月11日に発表された米国のインド太平洋戦略(Indo-Pacific Strategy of the United States: IPS)で10の行動計画の一つとして短く説明されている。それによると,IPEFは,①高いレベルの労働と環境基準を満たす貿易への新たなアプローチ,②新たなデジタル経済枠組みを含むオープンな原則に従ったデジタル経済と越境データフローのルール作り,③多元的でオープン,予測可能な強靭で安全なサプライチェーンの推進,④脱炭素化とクリーンエネルギーへの共有された投資を行うものである。
具体的内容は2022年の早い時期に発表されることになっている。米国政府関係者は,IPEFは伝統的な貿易協定を想定していないとしている(注5)。参加国についても明らかにされていないが,インド太平洋の他の枠組みのように有志国(like-minded countries)の参加になると思われる(注6)。IPEFについては,「米国が貿易投資自由化の議論をする気がないのに気候や労働基準で譲歩する国があるだろうか」(ザック・クーパー氏American Enterprise Institute)と指摘されているように貿易自由化等米国市場へのアクセスが含まれていない。そのため,アジアの途上国が参加するインセンティブに欠けることが課題である。経済面で米国が中国との競争を行うためには,アジアの広域経済統合への参加(CPTPP復帰を含め)は不可欠である。
[注]
- (1)滝井光夫(2022)「前政権の負の遺産とバイデン通商政策」,『世界経済評論 特集バイデン政権一年目の評価と展望:期待と懸念』,2022Vo.66 No.1, 28−29頁。
- (2)Press Briefing by Press Secretary Jen Psaki, September 16, 2021.
- (3)真家陽一(2021)「米中対立と新型コロナ禍を踏まえた中国の発展戦略」,石川幸一・馬田啓一・清水一史編『岐路に立つアジア経済』,文眞堂,所収。
- (4)滝井光夫(2022)前掲論文,29頁。
- (5)Congress Research Service (2021), ‘Biden Administration Signals Plans for an Indo-Pacific Economic Framework.’, December 2, 2021.
- (6)カート・キャンベルインド太平洋調整官の発言など。
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