世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ロシアのウクライナ侵略:誰の,何のための戦いか?
(敬愛大学経済学部経営学科 教授)
2022.03.07
2月24日に発表されたプーチン大統領の開戦演説は,1時間にわたって正当性を主張した。(今井佐緒里「プーチン大統領は国民にいかに『ウクライナ侵攻』の理由を説明したのか・1時間スピーチ全文訳」2.24,YAHOOニュース)
冒頭「ウクライナは単なるロシアの隣国ではなく,私たち自身の歴史,文化,精神的空間の,譲渡できない不可分な一部」だとした上で,ウクラナの民族主義者,過激派,腐敗した新興資本家らが,いかにロシアの善意を無にし,国民の利益を損なって来たかを事細かく列挙した。
しかし,プーチン大統領が欠落させた史実はホロドモール,1932〜33年にウクライナ〜カザフスタン〜西シベリアで飢饉が起きたにもかかわらず,スターリンが輸出用穀物の供出を命じ,餓死者が推定でウクライナ360万人,ロシア300万人,カザフスタンで200万人発生したことである。ウクライナの餓死者は600万人,出産減少600万人と合わせて1200万の人口減少が起きたという見方もある。そして,無人となった土地にはロシア人が入植した。ウクライナに刻まれたこの記憶の意味は,民族とか兄弟の反目などではなく,独裁政治に対する憎しみである。
ウクライナにナチスドイツが侵攻した時,解放軍として歓迎し,志願兵になった人もいた。それを指してプーチン大統領は,今に至るナチズムの浸透と言うが,根本原因はスターリンの圧政であることに目を塞いでいる。プーチン大統領が徹底的に弾圧したチェチェンも,スターリンがドイツ軍に協力したとして強制移住させられた歴史がある。ソ連とロシアに燻る問題は,民族問題ではなく,スターリニズム,独裁政治への嫌悪であり,民主化への渇望である。
エリツィン政権時代,民営化された国有資産を安く買い集めて誕生したオリガルヒ(新興財閥)は,資本主義経済の形成を妨げた。その停滞を突破する使命を負ったプーチン大統領は,石油価格上昇という殖産興業を推進する絶好の条件を得たにもかかわらず,軍事産業を維持する以外の経済建設に失敗した。その閉塞を突破するため,NATOの脅威を強調し,大ロシア主義に引きこもり,独裁と弾圧を強めた。そして,2014年2月,ウクライナで市民運動が高まり,親ロ派のヤヌコーヴィチ大統領が追放されると,直後にロシアはクリミアを侵略し,東部で分離独立を主張する親ロ派が武装蜂起して内戦が始まった。そしてロシアは,不法な武装蜂起を正当化し,分離独立派の被害だけを強調してジェノサイドと主張しているのである。
ロシアのウクライナ侵攻は,アメリカを支配するDS(ディープステート)の策謀に対する自衛手段という主張がある。そして,それは「陰謀論」であり妄想だという主張と,「陰謀論は妄想」というレッテル貼りが陰謀側のカウンター・キャンペーンだという主張がある。
私は,DSは一つの実態ではなく,政治に影響力を持つ複数の主体が存在し,それを総称したものだと思う。米国または国際政治に影響を及ぼしている存在として既に知られているのは,国際金融資本,石油資本,軍産複合体であり,ビッグテックと呼ばれるIT巨大企業も加わってきたと考えられる。米国議会の議決の大半は,多額の政治資金を投じた巨大企業のロビー活動によって作られていると言われている。
アイゼンハワー大統領が1961年の退任演説で,「製造されるすべての銃,進水するすべての軍艦,打ち上げられるすべてのロケットが,最終的には飢えている人や,食べ物がない者,凍えている人や,服を持たない者からの盗みを意味している」と述べ,軍産複合体が民主主義の脅威となることを予見した。
その後の世界史は,まさにその通りに展開していると言える。冷戦も熱戦も,軍産複合体の市場を育てる。政治的に対立する国家のそれぞれの軍事産業にとって,相手の軍事力を圧倒すると,市場は無くなることになる。対立が継続することが利益を最大化するのである。
大量破壊兵器を口実に行われたイラク戦争は,石油資本と軍産複合体の利益に合致していた。石油も戦争の誘因となる。
オバマ,トランプ両政権時代,オイルシェールの技術が進歩し,採算分岐点が原油価格1バレル40〜90ドルと見方が分かれるが,石油価格上昇によって米国は世界最大の産油国となった。環境左派を支持基盤の一つとするバイデン政権は,国有地でのオイルシェール生産を禁止し,原油価格上昇による世界的なスタグフレーションの一因となっている。同時に,米国,サウジアラビアに次ぐ3位の石油産出国のロシアにも大きな利益をもたらした。ロシアが国際紛争を起こしてさらに原油価格が上昇することは,石油資本の利益になる。
冷戦や熱戦から利益を得る主体は複数存在している。独裁政治の維持,独裁政治と対峙する側の政治的利益,国際的資本の利益など,それらが複合した結果として戦争は起きる。
しかし近年,人類史上の新たな流れが起きていると感じる。ロシアの一方的な侵略に対し,ゼレンスキー大統領が戦う決意をSNSで発信したことによって国民の結束が高まり,48時間でキエフを制圧する作戦が難航している。ウクライナに対する国際的支援は,中立国のスイスまでロシア非難に加わり,ドイツが戦後初めて武器輸出に踏み切った。世界は変わったのである。そして,この変化の核心は,香港,ウイグル,ミャンマー,ウクライナと続いて来た,圧政に苦しみながら屈しない民衆であり,その姿が世界を変えているのだと思う。
- 筆 者 :藪内正樹
- 分 野 :特設:ウクライナ危機
- 分 野 :国際政治
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