世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2404
世界経済評論IMPACT No.2404

「デカップリング」か「リカップリング」か:米中対立の行方と日本

池下譲治

(福井県立大学 特任教授)

2022.01.24

 米中間のデカップリングは,米国が仕掛けたと見られているが,実は先に仕掛けたのはむしろ中国との見方がある。中国では,すでに15年以上前から輸入代替によって他国の技術やケイパビリティへの依存度を低下させる,中国版デカップリング戦略とでもいうべき政策を取ってきており,同戦略をさらに15年間続けることが決定されているからだ。ただ,欧州経営大学院(INSEAD)のステュアート・ブラック教授などによれば,「中国側の視点によるデカップリングとは,経済成長から経済統制へと軸足を移す戦略転換」であるところが米国との違いである。

 一方,その中には,今後の世界の技術覇権の行方を左右しかねない先端技術が含まれていることから,特に,米国が警戒感を露わにし,米国輸出管理改革法(ECRA)を制定したことから,中国では,これまでのサプライチェーンを通じた導入が困難となっているものが出始めている。このため,中国は自前のサプライチェーンの構築をはじめ戦略の見直しが急務となっている。

 日系企業にとって問題なのは,当該分野については,中国内での現地調達率を増やさざるを得ない事態がすでに始まっているということだ。たとえば,国家中長期科学技術発展計画(MLP:2006-2020)では,経済社会の発展・国防にとって重要な11分野(68項目)の対外技術依存度を2020年までに30%以下にすることとした。そして,2015年に公表された中国製造2025(MIC2025)では,IT,ロボティクスおよびAI,航空宇宙,海運,鉄道,エネルギー,素材,医療機器および医薬品,農業,電力設備の10分野における国内調達比率を2020年までに40%,2025年までに70%にまで引き上げることを打ち出している。MIC2025では,さらに中国企業の市場シェア目標も定めている。たとえば,産業用ロボットでは国内市場の70%,電気自動車とエネルギー設備では夫々同80%,90%を中国企業が押さえるとしている。はっきり言えることは,今後,当該分野を中心に,外国企業の中国市場での売り上げは,次第に有力な中国企業に奪われていくことになるということである。

 実は,自国製品への切り替えといった動きはアパレルなど他の分野でも始まっている。中国では,Z世代を中心に国内企業の方が自分たちの信条に合っているとして,国内ブランドを志向する熱狂的な愛国者が増えているのだ。こうした「国潮(Guochao)」と呼ばれる新たなトレンドはこれからの中国市場における競争条件をも変えていく可能性を秘めている。

 ところで,2018年央から本格化した米中貿易戦争では,当初,米国の輸入製品の一部が中国からベトナム(スマホ,電機,家具),台湾(PC・同関連機器),メキシコ(電機,自動車部品),EUなどにシフトする貿易転換効果が起こった。しかし,2020年になると,新型コロナ特需により,医療用具などを中心に,再び,中国からの調達が増え始めた。その後も両国間の貿易は順調に推移しており,中国・海関総署によれば,2021年の中国から米国への輸出は対前年比27.5%増の5761億ドル,米国から中国への輸出も同32.7%増の1795億ドルとさらに拡大している。2020年には米国を抜いて初めて世界最大となった中国への外国直接投資(FDI)も好調を維持しており,中国商務省によれば,2021年の中国へのFDIは前年比14.9%増の1兆1500億元(約1807億5000万ドル)と過去最高を記録した模様である。

 米カリフォルニア大学のS.Vortherms准教授などの研究論文(Vortherms and Zhang 2021)によれば,米中貿易戦争において,1800社以上の米国系企業が中国を撤退したが,高関税をその理由とする米国企業は1%にも満たなかった。一方,米中ビジネス評議会(USCBC)がオックスフォード・エコノミクス社を通じて行ったシナリオ予測によれば,米中貿易戦争が激化しデカップリングが起こった場合,米国の雇用喪失は73万人を超える。

 こうした中,2021年8月,米国商工会議所など全米31の経済団体は,中国との貿易交渉の再開を求める書簡を連名でバイデン政権に提出した。

 これらを踏まえると,米国通商代表部(USTR)のタイ代表が同10月4日,中国との通商交渉と追加関税適用除外手続きの再開に関して,中国とのデカップリングは現実的な選択肢ではなく,両国はむしろ「リカップリング(さらなる繁栄)」を追求していくべき,と発言したことは驚くに値しない。

 しかし,事はそれほど単純ではない。通商問題とは別に,両国は台湾問題とウイグルの人権侵害問題という互いに譲り合うことができない2つの爆弾を抱えており,通商問題はその交渉カードに用いられる可能性が極めて高いからである。米バイデン政権はこれを「民主主義国家と専制主義国家の戦い」と位置づけ,同盟国をはじめとする民主主義国家の結束を呼び掛けているが,中国も自国側の陣営構築に注力しており,まさに,「新冷戦」の様相を呈しつつある。唯,2022年はお互いに米中間選挙と中国共産党大会という一大行事を控えていることから,当面は決定的な対立は避けつつ,気候変動問題など協力可能分野を中心に内外に存在感をアピールしていく戦略を取っていくものと思われる。

 こうした中,日本は,ルールに基づく自由で開かれた国際秩序を再構築するために,何をなすべきであろうか。前述のVortherms准教授などの研究論文からは,多国籍企業(MNC)の中国市場からの撤退リスクを軽減するには,たとえば,MNCの母国が中国との二国間投資協定を締結していることが望ましいとしている。たまたま,日本と中国は,2022年に発効したばかりのRCEPにともに加盟しているが,日本はこの恵まれたステータスを大いに利用すべきであろう。中国が世界の声にもっと耳を傾けるよう,他の加盟国ともども,より積極的に中国のよき相談相手となることが求められる。その際,日本はこれまでの日本外交の特徴であった,陰での合意形成を重視する,所謂黒子役としての「ステルス・リーダーシップ」型から抜け出し,海外に日本の存在や価値観をよりアピールしていくべきである。そして,インディアナ大学准教授のアダム・リッフ氏が日本の外交政策の特徴と論じている「積極的安定力」を発揮し,同盟諸国と共に積極的に地域の安定を図る重要な役割を果たしていくべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2404.html)

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