世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「したたかな外交」に関しての推論
(関西学院大学 フェロー)
2022.01.24
少し前,岸田首相が,一時帰国中の垂中国駐在大使からブリーフィングを受けた。その内容についての記者からの質問に,首相は「したたかな外交が重要だと教えてもらった」旨の返答。それを読んだ筆者は,総理も人を食った返事をされたものだし,それをそのまま記事にした記者は何を考えているのか,と驚いた。
安倍政権下での外相歴が長い岸田首相が,何を今更,「対中外交でしたたかさが重要と教えてもらった」などと“本心から”答えるものか・・・。恐らくは,対中関係が緊張している昨今,首相の方から大使を呼び戻したのであろうし,それなりに,「中国政治内部の詳細な動きが首相に報告されたはず。場合によっては,中国側からの首相へのメッセージを託されていたかもしれない」,そう考えるのが常識だろうに・・・。
足下を眺め直せば,失われた30年で,世界における日本の立場が,如何に弱体化したか・・・。コロナ禍を経験する中,そんな実像が次第に明らかになってきている。
例えば,昨年秋の日経大機小機欄(12月8日)の指摘で曰く,「平成の30年間で,日本のGDPが世界に占めるシェアは10ポイントほど下落し,今や世界の6%にまで落ち込んだ・・・。この間,一人当たりGDPも,シンガポールや香港の後塵を拝し,豊かな国から脱落しつつある(世界17位に凋落。筆者注,以下同じ)・・・。研究開発力も低下の一途(1985年~2009年で,研究費を最も減らし続けたのが日本企業)・・・。嘗ては世界ランクの常連だった日本企業も,今やその数を大幅に減じ・・・,ジェンダー・ギャップも,世界で120位という情けない状態・・・」等など。
外貨準備世界第2位の地位も,今や3位のドイツに抜かれかねない状況。世界最大の援助大国だった地位も,既にかなり色褪せている。少子高齢化が進み,嘗ての成長時を知っている高齢者は,現在の状況に不安を覚える一方で,自己の生活保全に廻って,消費よりは貯蓄に走る。他方,生まれてからこの方,成長を知らない世代は,ともかくも現状を維持しようと,政策の変化指向には抵抗感を示し,現状は自己の力で改善する他ないと,せっせと株式投資に励む。こう観てくると,昨年の衆議院選挙での投票分析で,高齢者の自民党批判,若年層の野党批判が表れているのも宜なるかな。
要するに,失われた30年は,実態上からも,世界から見たイメージの面からも,日本の力をそれだけ削いでしまったのだ。顰蹙覚悟で記せば,1980年代半ば以降の日本は,日米摩擦の経済敗戦から立ち直れていない。
こんな事を考えていると,筆者の頭に,“長篠とアルマダの前と後”という対比イメージが浮かんできた。日本の戦国時代,長篠合戦の前,武田の騎馬隊は無敵だった。同様に,アマルダ海戦の前,スペイン艦隊は敵なしだった。ところが,織徳連合の鉄砲隊の前に武田の騎馬隊は壊滅し,平穏な地中海しか経験せず,ガレー船と小銃を主武器としていたスペイン海軍は,大西洋の荒波で鍛えられ,帆船と大砲を積んだ英国海軍に大敗した。時あたかも,日本では農業から貨幣へと,欧州でも採取から市場に,経済メカニズムが変わる端境期。結果,負けた武田勝頼は,以後,敵対相手にいくら調略を仕掛けても効を発揮せず,スペインのフェリッペ2世も,世界への影響力を大幅に落とすことになった。
そして,日本の指導者達は,力を相対的になくした自国の立場が,如何に対外影響力の減少に連なっているか,先刻承知のはずだ。何故なら、政治家は,自己と相手の立場の強弱を測るように出来ている人たちなのだから・・・。
日本の戦略環境は,直近,大幅に悪化している。米中対立が激化し,中国とロシアが連動する動きを強め,北朝鮮は極超音速のミサイルを連射し続けている。日本の前面は,そんな国々ばかり。だが,日本単独の立場は弱体化,だから日本の国防体制を,米国の後ろ盾強化を前提に,大幅に変質させ始めざるをえない。嘗ては,憲法上,議論もままならなかった,敵基地攻撃能力整備にも着手し始め,米軍基地への“思いやり予算”の中に,初めて共同演習費が計上された等と,マスコミは報じている。
台湾情勢を巡る,想定シナリオ演習も,恐らくは始まっているだろう。専門家によれば,2020年10月に行なった米軍の机上演習では,台湾防衛に失敗したという。最近のNHKの特集番組でも,日本側にとって,「ウム・・・」と唸る結果だった様が描かれていた。
結論は,極めて明確だ。万が一のことを考え,防衛体制整備に万全を期す。その上で,万が一のことが起らないように,あらゆる外交手段を講ずる。そんな双方の必要性は,恐らく,日中間では,先刻理解済みだろう。想像を逞しくすれば,首脳間,或いは外相間でのパイプなどを通じ,中国側からも,「日本の米国との関係重視は十二分に理解,しかし,同時に,日本は,中国とも如何に旨くやって行くかを考えるべきだ」との,メッセージ位は届いているに違いがない。外交は専門家の世界,当然に,関係者は,それなりの“したたかさ”は持ち合わせていると期待したい。
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鷲尾友春
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