世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
あれから30年の未来図
(杏林大学総合政策学部 客員教授)
2022.01.24
いまから30年ほど前にビル・エモットの「日はまた沈む」(Bill Emmott,The sun also sets.)がブームとなった時代があった。掻い摘まんで言うと,当時10兆円を超えるほど巨額だった貿易黒字はいずれ縮小し,円高,海外投資の拡大,輸入増加により,急速な繁栄は定常的な安定に向かう,という見解だった。巨額な貿易黒字はその後15年以上続き,2000年代末から東日本大震災による輸入エネルギー需要の拡大とともに,2010年代半ばになってようやく貿易収支の大幅黒字が消滅した。時間的な差はともかく,著者の見解は実現したといえよう。
しかし現在の経済体系では貿易収支はさほど重要では無く,投資収益を含む第一次所得収支が重要な指標となっている。第一次所得収支は1990年代後半の6~8兆円から,2010年代半ば以降,19~21兆円へ増加している。
そもそも1980年代の議論では,輸出入ギャップ(経常収支あるいは貿易収支)=貯蓄投資ギャップであるから,少子高齢化などにより貯蓄率が低下すれば貯蓄投資ギャップが解消し,それは経常収支や貿易収支の均衡をもたらすとされていた。現実には少子高齢化に加えて,東日本大震災による輸入エネルギー需要の拡大,円高による輸入増加などが貿易収支の均衡をもたらしてきた。
「アメリカがナンバーワンであれば日本はナンバーツー(現実には中国に抜かれてナンバースリー)だろう。そしてヨーロッパ諸国のように相談を受け意見を求められ,投資,貿易,援助,政治面でヨーロッパ並みの国際的な役割を果たす。これはそう悪い運命ではあるまい」。この文章(草思社,鈴木主税訳)はビル・エモットが最終章の末尾で述べた結論であった。30年以上たって振り返ると,いかにも感慨深い言葉である。
日本の情報発信力の無さはともかくとして,世界も日本の政治家も日本の現状をあまり正しく認識していない。いわく,「日本は輸出が成長のエンジンで円安が必要条件であり,円高は避けなければならない」などである。実情は,食糧や資源をはじめとする輸入大国,海外投資大国であるため,円高が望ましく,それは大半の企業や家計にとっても好ましいものである。ところが国際決済銀行の推計では日本の実質実効為替レートは,2021年10月現在69程度で,1970年代前半と同程度である。しかも1970年代前半は,製造業がGDPに占める比率は35%程度から,現代は20%程度と大幅に低下している。
もっとも円高でも着実に増加してきたものもあり,例えば訪日外客数であろう。2003年に500万人程度であったものが2013年に1000万人,その後急拡大して2019年には3200万人程度にまでのぼる。しかしコロナ禍の影響は甚大で2020年は410万人(前年比-87%),2021年23万人(11月迄,前年比-94%)と激減し,経済産業省の推計では2019年の外国人旅行消費推計額は4兆8000億円,二次波及効果も加えた総効果は9兆4000億円でGDPの0.9%に相当すると計算されている。インバウンド需要に依存した成長は曲がり角にきている。
輸出振興政策が華やかだった1960年代とは大いに日本の経済環境が変化し,現代の円安は輸入資源や食料の高価格をもたらす。それは企業や家計に経済的負担の増加をもたらすだけで無く,輸入品が高いことが国産品製造の競争力を不当に有利化させ,ひいては非効率企業の市場からの退出や生産性向上努力や技術革新を起こすエネルギーを阻害する。まさに産業構造が貿易構造を規定し,世界の趨勢や日本の実情にマッチして変化していかねばならないだろう。
このような現状を鑑みて,日本の輸出振興政策や輸入拡大政策などの貿易政策を検討してきた者としては,これからも大いに議論すべきであろう。
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