世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
デジタル田園都市は日本を変える
(帝京大学 元教授)
2022.01.17
岸田政権は2022年度予算の重点施策としてデジタル田園都市構想を「新たな資本主義」実現のための柱に掲げた。欧米諸国の経験を念頭に以下若干の考察を試みた。
まず第1に田園都市という表現は経済学の用語ではなく都市計画のひとつのモデルを表現した地理学や都市行政学の範疇に入る言葉である。英国のエベネザー・ハワードが20世紀初めロンドンの北西レッチワースと北ウェリンの郊外に田園の環境を兼ね備えた都市として構想された田園都市は,ドイツ,フランス,そして日本でも田園調布などが渋沢栄一によって導入された。20世紀初頭と今日では都市の様相は大きく変貌した。「群島都市」(ville archipel)とフランスの都市研究家ジャン・イブ・シャピュイが形容したように田園都市モデルのイメージは,都市と農村の中和された新たな都市空間に中小の都市がまるで群島にように分散した状態を彷彿とさせる。確かに今や農業人口が就業人口の2~3%しか占めず都市の産業システムと生活様式に再編成されてしまった欧米諸国の農村部では都市と農村という峻別は意味を失ってしまった。しかし群島分散とは言え,欧米ではメトロポール(拠点都市),日本では政令都市などの制度化による拠点大都市とその他の中小都市も含めた群島都市との間には明確な序列関係がある。
このような文脈を解釈したうえで岸田構想の田園都市デジタル化をグローバルな世界比較の中で私たちは意識する必要があるであろう。換言すれば欧州や北米では2000年代,2010年代より取り組み始まりかつての農村部であった今日の欧米の田園都市は日本をすでにかなり上回るデジタル化された空間である。この遅れを取り戻すためにも日本の「田園都市」デジタル化構想は誠に緊喫の課題である。
第2にこのような彼我の違いを前提に,日本は田園都市デジタル化の遅れをそれこそ不退転の決意で取り戻さなければならない。京都大学の橘木俊昭教授や藤田昌久教授などが指摘する東京一極集中の「富士山型」から多極型の「八ヶ岳モデル」へ国土整備の転換を今こそ国民的課題として重点的に取り組んでいかねばならないであろう。それは単に「農村移住」とか「地方暮らし」といった余生を優雅に過ごしたいというような発想とは違うものである。日本は幸か不幸か大きな大陸空間から切り離された孤立した東アジアの列島国家である。21世紀は世界的な規模で都市と都市のつながりが都市ネットワークとして形成されようとしている。コロナ禍は世界的なデジタル技術通信によってこのような傾向を加速したとされている。
欧州統合のアキレス腱はまさに地域不均衡であった。以来,新古典派的な市場経済主義的だった欧州連合の地域政策は方向転換し,購買力平価による1人当GDPの地域統計分類NUTS 2(注1)(80~300万人)レベルでの加盟国地域間不均衡格差が開発,社会,結束の3つの基金によって是正が図られてきた。2020年代の現在では地域不均衡デジタル化(DX)に加えて気候変動温暖化対策(GX)とサーキュラー循環経済化(CE)をも意図した長期戦略的総合的な取り組みがグリーン・リカバリー戦略であった。十倉経団連会長が日本も資本主義を見直す時期が到来,EUのように単年度に替えて長期の多年度予算を編成するよう提言したのは時宜を得たものであろう。田園都市のデジタル化とは地方創生政策の反省に立って日本列島全体の生産性を引き上げることを目指す中長期的な計画である。
第3に岸田田園都市構想を成功に導くために今度こそ本格的な地方の底上げを図らなければならない。日本同様,首都圏の一極集中で中央集権国家体制にあるフランスでは,1980年代初めのミッテラン大統領以来,3次に渡る地方分権化に取り組んできた。3万6569の市町村と92の本土県に加え,22の州(地域圏)を創設,それをオランド大統領のときに13州に整理統合,さらに1990年代以降は,地域不均衡是正は欧州連合の重要な予算を通じて域内全体に推進されるようになってきた。フランスとEUの経験は中長期の腰を据えた地域政策が必要であることを物語っている。
田園都市は20世紀にロンドンから始まり世界の多くの都市に導入された歴史がある。このモデルが普遍化しなかった理由は職住接近ができなかったこととする意見も多い。しかしコロナ危機によってフェイス・ツー・フェイス回避が叫ばれ,リモートワークが奨励される時代に入ってきたという風に認識すると,もうひとつの田園都市が構想されるべきである。
これまで日本の都市再生についてコンパクト・シティ,スマート・シティなどの政策が打ち出されてきた。今度の21世紀版のガーデン・シティたるデジタル田園都市構想がこれまでのそれぞれの都市モデルの理念や目標をどのように差別化し合って調整が可能であるのか。コンパクト・シティは都市機能,スマート・シティは情報のネットワーク,田園都市では郊外農村部との共生など,それぞれの目的や手段が異なっている。コロナ発生を踏まえてメトロポール集約型コンパクト都市の外延部への機能の移転は果たしてどこまで可能なのか。欧米では自給自足都市や首都移転などの構想についての議論もある。さらにIoTやAIを張り巡らした都市インフラのハイテク化されたスマート・シティがデータ管理などについて住民の合意がどこまで得られるものなのか。カナダ・トロント市のオンタリオ河畔のグーグル・シティ構想挫折の教訓を忘れてはいけない。
19世紀末から20世紀始めに構想された田園都市は都市郊外の準郊外農村都市ペリアーバナイゼーションになってしまった。その出番が今やってきた。しかしコンパクト化が招いた都市の富裕化現象を田園都市化やスマート・シティ化で平準化することができるのか。大都市は機能やハイテクだけの舞台ではない。収穫逓増を前提とする新古典派経済学に代替して登場してきた新地理経済学は都心部の集積の理論的根拠であった求心力(centripetal)の説明に病原体のウィルス感染度数を加味することを求められるのであろうか。スマート・シティを現代G5技術を比較的短期間にコンパク・トシティに張り巡らすことが眼目とすれば,私たちはスマート・シティ‐コンパクトシティ統合型モデル,それと岸田首相の打出した田園都市構想モデル,この2つのモデルをそれぞれのよって立つ基盤を検証した上で,第3の都市,田園都市型の衛星都市モデルが構想される。
[注]
- (1)EUの地域統計分類単位「NUTS(Nomenclature of Units for Territorial Statistics)3つの分類,①主要な社会経済地域は「NUTS 1」,②地域政策適用のための基本地域「NUTS 2」,③細分化された領域割りを「NUTS 3」
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