世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2386
世界経済評論IMPACT No.2386

制裁下における北朝鮮の経済発展戦略:「社会主義競争」と「思想教養」の強化へ

上澤宏之

(国際貿易投資研究所 客員研究員・亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2022.01.10

 国連制裁下の北朝鮮がどのように経済的困難を克服しようとしているのか。朝鮮労働党機関紙『労働新聞』を通じて筆者なりに紐解いてきた(本コラム2021年6月14日付けNo.2190,同8月30日付けNo.2269)。今回はその完結編として,二つの取組を最後に紹介したい。

 第一は,「社会主義競争」の強化である。北朝鮮では現在,第8回党大会(2021年1月)で提唱された「国家経済発展5か年計画」(2021~25年)の目標達成に向けて各生産単位で「社会主義競争」が以前にも増して活発に繰り広げられている。意外に思うかもしれないが,北朝鮮では分配における平均主義は,「大衆の生産意欲を低下させる」ものとして否定的に捉えられている。つまり北朝鮮もレーニンのいう「社会主義の実践的戒律」である「働かざる者食うべからず」の社会なのである。労働者の生産意欲高揚に向けては,ノルマの達成などに競争原理が導入されており,そのうちの一つとしてソ連のスタハノフ運動に象徴される「社会主義競争」がある。ただし,集団主義を原則とする社会主義体制下での「社会主義競争」は,あくまでも集団間(地域別,工場別,部門別,単位別,作業班別など)が中心となり,個人の成果に対する評価は抑えられてきた。北朝鮮における「競争」は徹頭徹尾,社会主義建設に向けた労働者の「革命的自覚と熱意」「創造的積極性」を促すべく,「互いに助け,導きあいながら行う集団的革新運動」であり,「弱肉強食,個人利己主義,本位主義(自らの利益だけを追い求める行為)に基づく資本主義の競争」とは異なるとしている。

 そのような中で,個人の実績に応じて経済的インセンティブを与える動きがこのところ強まっている。ある工場では「生産現場に設置された電光板で旋盤工個人の作業実績と順位を掲示したのに加え,政治的・物質的評価(インセンティブ)を与えた結果,旋盤工らの競争熱意が高揚し,従業員らは旋盤工になるためより一層努力するようになったほか,工場の生産実績も上がった」と伝えている。また,別の工場では「肥料増産に向けた技術革新案の懸賞応募を募り,選考で上位に入った従業員らを広く紹介宣伝するとともに,物質的評価も与え,彼らの知恵を余すところなく発揮できるようした。その結果,彼らの数十件に及ぶ創案が工場で採用され,窒素肥料の生産量を増やすことができた」と報じている。

 集団主義原則と経済効率の二律背反に迫られる中,経済的誘因(刺激)をより強めて労働生産性を向上させようという狙いからは,制裁回避の決め手を欠く北朝鮮の苦しい実情が透けて見えてくる。

 そして第二に,思想教養事業への注力に言及しておきたい。これは思想統制の強化を指すもので,具体例として二つの取組を紹介しよう。まず「千里馬時代」における教訓の再強調である。すなわち1960年代の「千里馬運動」(増産運動)時代に焦点を当てて,「(現在は)あらゆるものが不足し,難しい条件下にあるが,外部の支援もなく,血戦万里を乗り越えた抗日武装闘争期や灰の山の上で素手によって復興建設を成し遂げた千里馬大高揚期と比べれば大したことはない」「千里馬時代の労働階級は更地で自動車とトラクターをつくり上げた。我々が前世代の闘争精神を持って立ち上がれば,厳しい難局を打開することができる」などと千里馬時代の経験を引き合いに出し,より一層の「堅忍不抜」を国民に強いている。

 その上で,「千里馬時代の英雄のように,運命をかけて我々式社会主義建設の柱をしっかり支える第二の千里馬時代の労働者となる」ことを呼びかけており,国民の更なる「経済戦」への投入とともに,精神動員を通じた「艱苦奮闘」を促している。経済再建の原動力を「自力更生の革命精神」に依存するしかない厳しい経済状況が推し量られる。

 次にもう一つの取組として反帝階級教養の推進が挙げられる。資本主義の「腐敗性」「不平等性」を主張する記事が最近に入り増加している。「資本主義はあらゆるものが物質的富の占有に服従する弱肉強食の社会」「人間の初歩的な権利まで踏みにじられる反人民的社会」「社会主義を捨てたために」などと,題名だけをみてもその内容は容易に推察できる。特に,国名を挙げた非難こそは避けているものの,体制転換した旧社会主義国に対する評価は手厳しい。たとえば,「(冷戦末期に)社会主義が挫折し,資本主義が復活した諸国では毎年数千人の女性や子どもが資本主義国に売られ,奴隷生活を強要されている」と伝えるほか,(旧社会主義国出身の)著名な技術者が乞食になった例などを紹介し,「資本主義に対する幻想は死である」と説いている。その上で「我々の生命であり,生活である社会主義を命に代えても守ることに,我々の尊厳と勝利がある」と唱えている。

 これらからは,新植民地主義論や従属理論の観点からしか資本主義社会を描出することができない北朝鮮体制の限界がうかがえるとともに,資本主義の「脅威」を煽ることで制裁によって弛緩した体制の引き締めを図ろうという意図が読み取れる。ソ連・東欧社会主義の崩壊後,公式メディアを通じて体制転換国の「悲惨な状況」に数多く言及してきたが,ここに来て再び資本主義への警戒を強調し始めていることは,制裁により体制維持に向けた自信に揺らぎが生じている証左ともいえよう。

 金正恩総書記は,昨年末に開催した党中央委第8回第4回全員会議で「我々皆が今年に勝るとも劣らない,膨大かつ重大な来年(2022年)の事業の戦略的重要性について,重く責任ある悩みに直面することになろう」と述べた。あたかも「試練においては建国以来最悪」(2021年12月22日付け「労働新聞」)とした2021年の峻厳たる内外情勢の継続,再来を暗示しているかのようにも受け止められる。

 制裁とコロナ禍により経済の展望が開けない中,北朝鮮は今年,どのように経済の立て直しを図っていくのか。「5か年計画」の二年目を迎えた金正恩体制の動向が改めて注目される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2386.html)

関連記事

上澤宏之

国際政治

国内

アジア・オセアニア

最新のコラム