世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2325
世界経済評論IMPACT No.2325

一帯一路(BRI)とASEAN

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授)

2021.11.01

不透明な契約実態

 中国・習近平国家主席が2013年に周辺外交や新たな対外開放戦略の一環として提唱した巨大経済圏構想「一帯一路イニシアチブ」(BRI)に関して,中国と覚書を交わした国は140カ国にのぼる(2021年1月現在)。多くの国々がBRIに高い関心を寄せている背景にはインフラ投資ギャップがある。アジア開発銀行(ADB)は,アジア太平洋の開発途上国・地域において,2016~30年のインフラ投資の必要額は年間1.7兆ドルに上るとしたが(注1),実際の投資可能額は半分程度に過ぎない。更に新型コロナウイルスの世界的大流行により,財政的余力が更に縮小している新興国にとって,BRIを含めた国外資金は垂涎の的である。

 ただし近年,中国の経済協力は相手国の経済・環境・財政面への配慮が欠如していることを指摘されるなど,BRIに対する世界的警戒感が高まっている。これを明らかにしているのが,米ウィリアム&メアリー大学のエイド・データ研究所である。同研究所が中心となり,世界の開発途上国24カ国において,過去約20年間における100件の融資契約書を入手して分析,それら中国の融資契約の特徴を3つ挙げた(注2)。

 第一に,借り手が債務の条件や融資の存在さえも公表できないよう守秘義務条項が含まれているものが多いこと,第二に,債務返済において,他の債権国より中国の金融機関を優遇するよう定めた契約が多く,また分析した契約の4分の3で中国による融資をパリクラブが主導する債務整理の対象にしない条項(非パリクラブ条項)を盛り込んでいたこと,第三に,融資とは直接関係のない政治的・経済的な動き,例えば中国に対する敵対的な行為など,さまざまな状況下で融資を取り消し,即時返済を要求する条項が盛り込まれていること,等である。

多くの問題を孕む中国の開発協力

 更に同研究所は,2000年以降2017年までの中国による165カ国13,427件の開発プロジェクト(計8,430億ドル)を分析,同研究所が明らかにした中国の開発援助の特徴が興味深い。その第一の特徴は,「援助」ではなく「借款」により国際開発金融市場で支配的な地位を確立していることである。BRI導入以降,中国の経済開発において「贈与」と「融資」の比率は1対31,「政府開発援助」(ODA)とODA以外の「その他政府資金」(OOF)との比率は1対9である(注3)。中国からの平均的な融資は,金利が年4.2%,償還期間は10年未満(据置期間2年未満)であるなど,援助の性格以上に利益確保を重視している。

 第二の特徴は,BRI以前,中国の融資は中国輸出入銀行や中国開発銀行など政策銀行が海外への融資を担っていたが,BRI以降は中国銀行,中国工商銀行,中国建設銀行などの国有商業銀行が融資に重要な役割を果たしていることである。最後に第三の特徴は,中国の国有金融機関は,より大規模なプロジェクトや高レベルの信用リスクを引き受けるようになり,それに応じて返済保証制度を強化している。中国の海外融資ポートフォリオのうち,信用保険,担保の差し入れ,第三者による返済保証を受けているのは,2000年代初頭は31%だったが,現在は倍近い約60%に達しているという。

 BRI以前,中国の海外融資はソブリン債など,各国の政府や政府関係機関発行または保証する債券が中心であったが,現在までに中国の海外融資の約70%が,現地の国有企業,国有銀行,特別目的会社,合弁会社,民間機関に向けられている。これらの債務は,融資受け入れ国政府が関与する形で融資を受けているにも関わらず,ほとんどの場合は被融資国政府のバランスシートには記載されない「隠れ債務」となっている。民間債務と公的債務の区別が曖昧になった結果,世界銀行の債務者報告システム(DRS)に報告されていないものも少なからずある模様である。

中国のASEAN向け融資の実態

 ASEANも中国によるBRI展開の最前線にあり,加盟国全てが覚書に署名し,参加している。BRI関連の進行中のインフラプロジェクトはASEAN全体で240件,金額で461億ドル(2017年価格)にのぼる。件数で突出しているのはカンボジア(82件)とインドネシア(71件)である。一方,金額では全体の44%はインドネシアに投下されている。

 2000~17年における中国の対ASEAN経済協力の特徴について,エイド・データ研究所が分析に用いたデータ(注4)からASEAN10カ国の案件を抽出すると,シンガポールを除く9カ国で1,408件のプロジェクトがあった。ただし,プロジェクト自体が検討中のものや,実施自体が不透明なものも含まれており,これらを除く実質的なプロジェクト数は1,194件であった。BRI以前の年平均案件数は52件であったが,BRI以降では103件へと倍増している。

 また協力種別では,1,194件のプロジェクトのうち「融資」は323件で3割弱にとどまるが,金額(2017年価格)では55%にのぼる。融資先に注目すると,323件のうち政府機関向けは109件に過ぎず,残る214件(66.3%)は非政府機関・団体等向け融資であり,金額ベースで同比率は87.7%に達する。これらは被融資国政府のバランスシートには記載されない「隠れ債務」となっている可能性が高い。

 警戒すべき対外債務水準は対GDP比で90%との見方がある。「通常の債務レベルでは,成長と債務の関係は比較的弱いが,公的債務がGDPの約90%を超える国の成長率の中央値は,そうでない場合に比べて約1%低く,平均値は数%低くなる」との指摘がある(注5)。つまり対GDP比で90%を超える公的債務を抱えると,持続的な経済成長の障害となる懸念がある。IMFデータでは,一般政府債務の対GDP比が90%を超えるASEAN加盟国はない。しかしエイド・データ研究所は,ラオスは中国からの隠れ債務がGDPの約35%程度あるとみており,これをIMFの一般政府債務に加えれば,同国の債務は対GDP比で100%を超えてくる。ラオスは外部効果が期待できない財政支出の拡大,財政の硬直化,リスクプレミアムの上昇などを通じて,国家運営がより厳しくなる懸念がある。

 ラオスの建国記念にあたる2021年12月2日,ラオス・中国高速鉄道の運行が始まる。既に車両がラオスに運び込まれ,試運転が行われている。内陸国のラオスと中国雲南省昆明を結ぶ貨客併用型高速鉄道が,果たして物流や観光面でASEANにおける中国へのゲートウェーの役割を担い,ラオス経済の起爆剤となるのか,一方で高速鉄道利用自体の実需が少なく,採算性に問題がある場合,巨額の返済だけが残り,将来的にラオスの国家財政運営に支障が出かねない。

岐路に立つBRIと新たなインフラ投資枠組み

 中国が進めるBRIに対する警戒感は,先進国を中心に世界全体に広がりつつある。習近平国家主席は,2019年4月に開催された第2回「一帯一路」国際協力ハイレベルフォーラムで,「普遍的な国際ルールとスタンダードに基づくとともに,各国の法律・法規を尊重する」と火消しに追われた。2019年6月のG20大阪会議では「質の高いインフラ投資に関するG20原則」として「要請主義」,「貸与金利の上限設定」,「担保資産の接収禁止」について,中国も出席する形で合意した。

 21年9月24日に行われた日本,米国,豪州,インドの4カ国によるクアッド首脳会議の共同声明では,インド太平洋地域において「ハイスタンダードなインフラを提供する取組を再活性化」するとともに,債務持続可能性と説明責任を含め,「国際的なルール及び基準に沿った,開かれ,公正で,透明な貸付慣行を主要な債権国が支持する重要性」の強調と,全ての債権者に対して「これらのルール及び基準の遵守」を求めた。

 中国が信頼できる大国として世界をリードするには,BRIを純粋に国際公共財として活用すること,BRIの意思決定方式を多国間化すること,G20原則や国際的環境・社会的基準に則った形で,入札方式の導入,被債務国の財政状況への配慮,借款条件等の見直し,透明性確保等が必要である。

[注]
  • (1)「Meeting Asia’s Infrastructure Needs」(アジア開発銀行,2017年2月)。
  • (2)「How China Lends: A Rare Look into 100 Debt Contracts with Foreign Governments」(Peterson Institute for International Economics, Kiel Institute for the World Economy, Center for Global Development, and AidData at William & Mary),2021年3月。
  • (3)エイド・データ研究所が,OECD開発援助委員会の定義を用いて分類。
  • (4)Global Chinese Development Finance Dataset, Version 2.0(グローバル中国開発金融データセット2.0)。
  • (5)Reinhart, Carmen M., and Kenneth S. Rogoff. 2010. "Growth in a Time of Debt." American Economic Review, 100 (2): 573-78.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2325.html)

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