世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2308
世界経済評論IMPACT No.2308

北朝鮮の中距離ミサイルは⽇本への恫喝:脅威も歴史認識も事実に基づかねばならない

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2021.10.11

 10⽉7⽇のBSフジ・プライムニュースで,北朝鮮による新型中距離ミサイル発射実験の意図について,武貞秀⼠⽒は⽶国を交渉の席に引っ張り出すためのアピールと解説した。出演した河野元統幕⻑も⼩野寺元防衛相も含め,なぜ「⽇本への恫喝」と⾔わないのか。

 北朝鮮の最終⽬標は権⼒中枢の体制保証であり,そのために経済制裁解除と在韓⽶軍の撤退または⾮核化を要求している。その交渉にとって,⽶国本⼟に届かない中距離ミサイルは直接のカードにはならない。

 最⼤の脅威を受けるのは⽇本である。また,核やミサイルは独裁国への輸出商品になるので,⽶国に対して北朝鮮は,それらの収⼊源を放棄する⾒返りを要求することになる。現状で核とミサイルの脅威を直接受けない⽶国は,⾒返りとして⽇本が⾦を出せと⾔って来るだろう。⽇本は,拉致犯罪被害者奪還に加え,核とミサイルの分も⾦を要求されることになる。

 北朝鮮の中距離ミサイルの標的は⽇本だとはっきり⾔わないまま,プライムニュースは⽇本が迎撃できるか否かという議論になった。

 河野⽒と⼩野寺⽒は,巡航ミサイルは海上で捕捉すれば迎撃できると⾔ったが,船舶から発射したら間に合わない。また,中国かロシアの衛星システムと連動しなければ標的への精密な誘導ができず,⼤きな脅威にはならないなどとも⾔っていたが,それは違うのではないか。

 サウジアラビアの⽯油精製プラントが巡航ミサイルで破壊された時,⽬標付近にドローンを⾶ばして誘導電波を発信したという解説があった。⽇本国内で,⼯作員に誘導電波を発信させることは⼤いに可能だろう。

 周知の通り,⽇本は世界で最も多く北朝鮮国⺠が住んでおり,⽇本⼈名で⽣活している⼈も多い。拉致犯罪も⼀時期やりたい放題に⾏われ,⽇本⼈協⼒者もいたと⾔われている。⻘⼭繁晴⽒は,公安調査庁は北朝鮮協⼒者を2万⼈と⾒ていると⻁ノ⾨ニュースで発⾔したことがある。

 北朝鮮は⽇本を軍事攻撃する能⼒を獲得しつつある。サイバー戦争ならとっくに始まっている。それは思想信条の問題ではなく事実なので,全ての⽇本国⺠が認識しなければならない。⽬の前の事実も直視せず,過去の事実を歪曲する反⽇運動には⼗分な対応もせず,その結果多くの⽇本国⺠は誤解に陥ったまま放置されている。

 1894〜97年に李⽒朝鮮を4回旅⾏したイザベラ・バードは『朝鮮紀⾏』で次のように書いている。

 「宗主国清の影響下で,朝鮮の両班(貴族)たちは搾取と暴政をやりたい放題してきた。官僚たちは,日本の発展に興味を持つものも少数はいたが,多くは搾取や不正利得を失わないため改革に反対した。政府の機構全体が悪習そのもの,底もないほどの腐敗の海,略奪の機関で,あらゆる勤勉の芽という芽をつぶしてしまう」。

 沿海州を訪れ,そこで成功している朝鮮⼈の豊かさと品⾏に接したバードは,次のようにも書いている。

 「朝鮮本国においても真摯な行政と収入の保護さえあれば,人々は徐々にまっとうな人間となりうるのではないかという望みを私にいだかせる」。

 イザベラ・バードが初めて朝鮮を訪れた年,福沢諭吉たちが⽀援した朝鮮の改⾰派の指導者だった⾦⽟均が暗殺され,遺体がばらばらにされて晒された。そして,朝鮮の改⾰に反対する清に朝鮮独⽴を認めさせることを第⼀の⽬的とする⽇清戦争を始めた年だった。⽇本が朝鮮の近代化を望んだのは,不凍港を求めて南下するロシア帝国に対抗するためだった。ソウル独⽴⾨は,⽇清戦争後に⼤韓帝国として清から独⽴したことを記念して建造されたが,今の韓国や北朝鮮では,その史実は伏せられている。それだけでなく,35年間の⽇本統治の間,医療や社会インフラの整備,拷問や迷信による医療の禁⽌,⼤阪,名古屋より早く帝国⼤学が設置されたこと,李⽒朝鮮時代に減少していた⼈⼝が倍近くに増えた事実なども伏せられている。

 歴史問題や北朝鮮の軍事的脅威について,いたずらに反感や恐怖を煽らない⽅が良い,分かる⼈が分かっていれば良いという考え⽅があるのかもしれない。しかし,相⼿への配慮と事実の歪曲は別問題であり,相⼿の⾔分の是⾮を問わずに⾜して⼆で割るような対応は間違いである。そのような対応はまた,安全保障や外交に,相⼿国のみならず国内から,さらに国際社会からも制約を課される結果になっている。

 このような状況と軍事的脅威を放置したまま⾸相が訪朝して,拉致犯罪の被害者を奪還できるのなら奇跡でしかない。⾦による解決という安易な⽅法を試みるなら,後悔してもしきれないほど⾼くつくのが必然だろう。

 ⼋⽅に良い顔をすることは間違いだ。闘うべきところは闘わなければ道は拓かれない。国際社会では,外交と経済が不可分なだけでなく,外交と軍事とインテリジェンスは三位⼀体である。⽇本だけの神通などない。そのことを曖昧にせず,やるべきことをやらねばならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2308.html)

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