世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2306
世界経済評論IMPACT No.2306

タイト・ロープの先,バイデン大統領を待つ千仞の谷

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2021.10.11

 昔,子供の頃唄った,瀧廉太郎の「箱根八里」に,こんな文句があった。「箱根の山は天下の険…,万丈の山,千仞の谷…」。

 9月以降のバイデン大統領は,来年11月の中間選挙への思惑を強めている議員達を前に,綱渡りの政局運営を余技なくされており,だからこの歌が,米国議会という山の,尾根の細道をとぼとぼと歩く大統領の姿と,ダブってしまうのだ。

 この2ヶ月,バイデン大統領は数々の困難に直面している。8月後半のコロナ・ハネムーンの終焉。アフガン撤収の戦略的失敗(ミリー統合参謀本部長のコメント)。米国,オーストラリア・英国による対中攻囲網としての,AUKUS創設過程で生じた米仏間の軋轢発生等など。

 一方,国内でも,鳴り物入りの2つの法案(1兆ドルのインフラ投資法案と3.5兆ドルの社会政策法案)の最終成立迄の道のりが,与党民主党内の対立故に,未だ見通せていない。穏健派は1兆ドルの方が先だといい,リベラル派は3.5兆ドルが先だという。バイデン大統領は,現状,リベラル派の肩を持ち,先ずは社会政策関連法案の正式採択,次いでインフラ投資法案と,一応の順位付けを示したものの,この2本共に成立させようとの意思は変えておらず,妥協のため,社会政策関連法案の規模を縮小させても良いとのメッセージすら送っている(規模を3.5兆ドル→2.3兆ドル)。だが現状,党内のリベラル派と穏健派の相互不信により,中々妥協の余地を見いだせないでいる。

 更には,連邦政府の債務上限引き上げ法案(注*)も,大きな政府に拒否姿勢を貫く共和党の反対に会い,議会内で立ち往生。そんな中,9月から始まった新年度の予算手当に関しては,当面,12月3日迄の暫定予算採択で時間稼ぎをしている状態。

 もっとも,バイデン大統領自身,「(上記)2つの法案を共に成立させることは自明:just reality」だ,と述べてはいるが,本音では,その2つとも,今直ぐの成立でなくても良いとすら,思っている節がある。大統領や民主党にとって,来年の中間選挙の年にこそ,大型予算成立の経済効果が出るのが望ましい。だから,2本の法案成立は,10月の末,或いは11月にずれ込んでもかまわない…。

 とはいうものの,アフガニスタン撤退の際の失敗以降,バイデン大統領への支持が低下してきているのも事実。もちろん,大統領側近筋は,この低下を一時的なものと見做し,上記2本の法案が,本年末迄に成立すれば,挽回は充分に可能とも考えているようだが…。

 そうした諸事情に加えて,大統領の頭を離れないのは,来年の選挙に際し,必然的に実施される連邦下院議員の選挙区調整だろう。

 米国憲法は,連邦上院議員は州代表,下院議員は人民代表と位置づけており,その人民代表を選ぶ選挙で,「有権者の一票の重みに差があってはならない(One Person, One Vote)」との原則が,連邦裁判所の判例で確立されている。そして,その有権者の1票の重みの調整は,10年ごとの人口センサス結果を,連邦下院議員の総数(435名)を変えずに,各州に割り振られる下院議員の数を変えることによって,成し遂げようとの仕組み。

 2020年に実施された米国の人口調査によると,同年4月1日時点での,米国の総人口は3億3144万9281人。2010年比で7.4%の増加だった。この増加率は,1930年代(7.3%増)に続く低いもの。人口増加(10年間で2300万人)が顕著だったのは,ヒスパニック,アジア系,そして黒人で,白人は史上初めて,絶対数で減少している。白人の総人口に占める比率そのものの減少は,これまでも見られていたが,絶対数が減少したのは文字通り史上初。

 各州別の人口が増減し,それに応じて,各州に配分される下院議席も増減する。増えるのが以下の6州。テキサスが2議席,コロラド,フロリダ,モンタナ,ノースカロライナ,オレゴンがそれぞれ1議席。これに対し,議席を失うのが,カリフォルニア,イリノイ,ミシガン,ニューヨーク,オハイオ,ペンシルバニア,ウエストバージニアの7州。

 これら合計13州では,州内で,それぞれの選挙区をどう設定し直すか,それは州議会の権限。だから,当該州の知事や多数党を,民主・共和のどちらの党が握っているか,それによって,どちらの党に有利な線引きとなるかが決まってしまう。現在,連邦下院での民主党優位は僅か3議席。加えて,過去の記録が示すところでは,大統領選挙の間に行なわれる中間選挙では,下院では,政権与党が負けている(例えば,2018年は40議席減,2014年は13議席減等など)。

 割り振られた議席をどちらの党が確保するか,9月中旬時点でのNYタイムズ紙の見立てでは,既に5議席前後,共和党が奪取することが確実とのこと。つまり,議席と選挙区調整だけで,下院での民主党優位は失われてしまう,という計算になる…。

[注]
  • (*)財務長官の説明では,財務省の手許資金が枯渇するのは10月18日以降だとのこと。本稿の掲載がこの日前後以降の場合,修文が必要になるかもしれない。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2306.html)

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