世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ベストプラクティスの変遷を考える
(岐阜聖徳学園大学 教授)
2021.09.27
ベストプラクティスという術語は,一企業がその時代においてその生産システムを模倣しない限り経済組織として遅れてしまい,競争市場から退場を迫られかねないようなその時代においてとくに選別された最良の生産システムをイメージするときに使用される。
そこで具体的に歴史に登場したベストプラクティスを挙げてみよう。まさしくそれは「近代」を象徴するものであった。まずは産業革命の時代をイメージしてみよう。18世紀後半から19世紀初期にかけて,イギリスにおいてそれは観察された。歴史統計学者アンガス・マディソンによれば,1760年から1820年にかけてだった。それでは何がベストプラクティスだったのかというと,いわゆる機械制大工業がそれだ。その本質はこうだ。大規模な工場を建設してそこに新規に発明もしくは開発された物的機械を導入する。それと同時に適正な数の労働者を割り振る。それこそ現代経済学でいうところの物的資本と労働力との合理的結合が図られることを意味する。もとより生産企業の目的は最大利潤の追求にほかならない。そのような生産システムによって,「規模の経済」も実現するだろう。すなわち当時のイギリスはこの新生産方式による生産によって,とくに綿織物生産において,他国を圧倒したのだった。とくに最初の犠牲にあったのはインドだ。インドはもともと代表的世界商品だったキャラコの生産を得意としていた。けれども工場制機械工業ともいわれるイギリス流の新生産システムによって,旧式の零細的な家内工業は完全に駆逐されてしまう。この一連のプロセスは,開発経済学の専門領域では歴史上の「輸入代替工業化」として知られる。イギリスはその種のベストプラクティスを起点に,工業化を進めていき,じょじょに産業構造の高度化も達成する。そうなると諸外国もそのような生産方法を採りいれざるを得なくなり,グローバルな次元で,工場建設が進められた。そして各種機械も導入され,各工場にかなりの労働力が吸収された。とくに繊維産業に代表される労働集約的な軽工業品の生産がそうであった。先発工業国イギリスから,後発工業国のヨーロッパ大陸の国ぐに,アメリカ合衆国,そしてさらなる後発国日本へとひろがっていった。結果的にそれが当該国の比較優位産業になった。
歴史上のベストプラクティスの第二の事例は,20世紀初頭にアメリカ合衆国において出現した。自動車メーカーのフォード社による,連続流れ作業組み立てライン生産方式の導入がそれだ。大工場の中での話だが,規格化された部品がベルトコンベア上で自動的に移動してくるのを,労働者は組み立てていきながらじょじょに完成品をつくるという具合に。この生産システムにより,完成財としての自動車は,どれもこれも類似していて,それこそ大量生産なので,単位当たりコストは安くすむ。「規模の経済」のなせる業だ。かくしてフォードのT型車が世界で最初の大衆車として誕生した。この生産方式こそ,第二のベストプラクティスとして世界にひろがっていった。
それでは現在,ベストプラクティスはどこに見出されるだろうか。それは新興国において,「国家」が主導もしくは関与するかたちで創設された輸出加工区・経済特区であろう。とりわけ中国の深圳や珠海,汕頭,厦門の特区が有名である。その先駆けとなったのは,台湾の高雄輸出加工区である。米州においては,アメリカ合衆国とメキシコとの国境地帯に創設されたマキラドーラを挙げることができる。これらの特区の共通項は,先進国に本社を構える有力企業を免税措置などにより誘致して,自国の良質で安価な労働力を大量に供給することを通して,合理的な生産要素の結合を図り,大きな市場が見込めるところ(たとえばアメリカや日本,西ヨーロッパなど)へ大量輸出するという方式である。そうすることによって「規模の経済」も実現可能となる。とくに中国ではいたってシステマティックだった。この生産システムもグローバルな次元で新興国を中心にひろがり,とくにEU域内のやや後進地域や東南アジアに見受けられる。なおこうした方式がグローバル・バリューチェーンと整合的であること,も付け加えておく。
最後に次なるベストプラクティスはどのような形態だろうか。そのヒントはAI(人工知能)や5G(第5世代移動通信システム)などで示される新規のイノヴェーションにある。現在ある程度採りいれられているように見えるが,新ベストプラクティスは一種の難解な方程式にたとえられよう。つまりそれは,生産要素の結合にいかにシステマティックに組み入れるかに依存するだろう。
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宮川典之
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