世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ブレトンウッズ体制の崩壊からの円高
(関西大学商学部 教授)
2021.08.30
ニクソンショックから50年の夏を迎えた。既にいくつかのメディアでもそれを取り上げた特集が組まれ,あらためて長く日本が円高に直面してきた月日の流れを感ずる。ブレトンウッズ体制下で1ドル360円であった円ドルレートは,50年間で円はドルに対して3倍以上の価値を持つにいたった。しかしわが国にとって,いままでの変動レート制の時代とは,日本企業と政府・日銀が円高にどうつきあうのかを模索した時代でもあった。
エネルギーをほぼすべて輸入に頼っている日本にとって自国通貨の価値が増してきたことは企業にとってコスト減につながり,また物価を引き下げることにもつながり消費者にとっても恩恵を受けてきたはずである。しかし,日本にとってこの50年は,円高との戦いであったといえよう。ブレトンウッズ体制崩壊後に作られたスミソニアン体制では1ドル=308円で為替レートが固定された時にも有効なヘッジ手段を持てない輸出企業には大きな痛手となった。その後にスミソニアン体制が崩壊し73年に変動レート制になると,その年には260円台をつけ,さらに85年のプラザ合意以降に200円を割り込み100円台の水準が続くこととなった。
この間,輸出を得意とする日本企業は円高になるたびにその収益を悪化させてきたため,円高警戒体質はいまも続いている。もちろん,変動レート制になることで金融市場は為替変動リスクを回避するためのヘッジ手段を多数,提供してきた。そのことが国際金融市場を持つ国の金融機関に対して,多くの収益機会を与えたのだが,どうも日本企業はうまくヘッジ手段とつきあってこなかったようだ。以前と比べると,現地生産やヘッジ手段の多様化を通じて改善されているようだが,依然として企業は円高を恐れ,金融市場も自国通貨が高く評価されるたびに株価を低く評価してきた。基軸通貨がドルである限り,日本が円ドルレートを重視するのは当然とされ,日本企業の円高警戒体質は続いている。
日銀も円ドル水準に目配りした金融政策を行い,マスコミや経済人も為替レートが日本経済の命運を握るように感じてきた。特にプラザ合意後の1986年からの円高不況を受けて金融緩和を実施せざるをえなかった。ただ,それがバブル経済を生成する引き金となり,さらにはバブル崩壊後の長期不況が続くこととなった。
筆者の推計では,日本やユーロ圏での量的緩和政策はそれぞれの通貨を安くする効果がみられた。これは他の国・地域が量的緩和政策を行った場合には,通貨安の効果は減じられるが,逆に自国のみが量的緩和を行った場合には通貨安効果がみられる。いいかえると,日本の量的緩和は通貨安をもたらし,それにより経済が一息ついた面はたしかにあろう。ただし,欧米での量的緩和・低金利政策の実施後には,為替レートはあまり動かず,通貨安を通じた景気回復効果も限られたといえる。そうとはいえ,これからも円高を警戒し,円安に迎合してゆくのだろうか,いや,円安を歓迎するばかりでいいのだろうか。日銀にとっても円安になりエネルギー価格の上昇は金融政策の目標が達成しやすくなることで,喜ばしいのかもしれないが,そればかりでいいのだろうか。円高の恩恵をうまく利用することはできないのだろうか。実際,円高になって輸入品が安くなるという交易条件の改善が多くの国民にみられれば,国民全体も恩恵を感じるのだが,それよりも円高によって代表的な輸出産業の収益悪化が国民生活に影響を与えてきたものといえる。
たしかに日本政府関係者が円高容認発言をしてしまえば,企業や投資家は円高予想をして円買いを推し進めてしまい一気に円高になってしまうだろう。アメリカは95年からの「強いドルは国益」であるという姿勢をみせ,日本はそれにうまく対応できてきた。しかし,イエレン財務長官になって必ずしもドル高を志向する姿勢はみられない。また,長い目で見たときに,国際通貨としてのユーロの役割の高まりや,中国人民元の国際的な利用の可能性がみられる中で,基軸通貨としてのドルのシェアが,将来にわたって現在のままであるのかは疑問が残る。国際的な決済通貨としていったん弱い通貨としてのドルとして認知されると,現在の米国への資金流入が細ってゆくリスクもある。そうなると,資金が円にシフトすることも考えられ,円高が促されることも想像できる。
日本が今のように円高警戒をしてそれを回避することが望ましいのか,そのような自体に今,備えておくべきであろう。円高を望ましいこととし,産業構造の転換や金融市場の整備,ミクロ的には各企業の円高耐性の強化という,あらゆる分野での円高に対するレジリエンスを高めておくのは,ポストコロナを見据えた国際通貨システムの中で,必要なことではないだろうか。
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