世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ベトナムで進む農村の高齢化
(東海大学政治経済学部 教授)
2021.08.23
アジアの高齢化と人口減少
2021年8月3日付Financial Timesに興味深いコラムが掲載されていた。Sarah O’Connor氏執筆のこのコラムでは,現在の合計特殊出生率のもとで世界は人口規模を維持することができず,長期的には人口減少と高齢化に向かうことが警鐘されている(注1)。O’Connor氏のコラムが情報源として主に依拠したのは世界5大医学誌の一つThe Lancetに昨年掲載された論文である(注2)。この論文にはいくつか衝撃的な結論が示されている。特に注目されるのは,1)世界人口は2064年に97億3000万人でピークを迎え,その後減少して2100年には87億9000万人となる,2)2100年で人口規模が大きい5つの国は,インド(10億9000万人),ナイジェリア(7億9100万人),中国(7億3200万人),アメリカ(3億3600万人),パキスタン(2億4800万人)である,3)2100年には世界の大部分で高齢化が起こり65歳以上人口は23億7000万人に達する,という点である。そしてその人口減少の程度は南アジア,東南アジア,東アジア,オセアニア,中央ヨーロッパ,東ヨーロッパ,中央アジアで特に厳しいことも指摘されている。つまり少なくともアジアについては,その全域が日本同様,深刻な高齢化と人口減少問題に将来直面することが示唆されている。
東アジア,東南アジアの急速な高齢化については既に末廣昭が詳細に指摘しているところであり(注3),私がフィールドとするベトナムもアジアでは最速クラスで高齢化が進んでいる。
農村高齢化が進むベトナム
ベトナムの高齢化は1979年以降10年ごとに実施されている人口センサスの結果にも如実に反映されている。昨年発表された直近の人口センサス最終集計結果によれば(注4),2019年の全人口は9620万8984人となっており,そのうち65歳以上の高齢者は741万6651人で全人口のおよそ8%程度に達する。都市,農村別にみると前者の人口は3312万2548人で高齢者は234万1934人,後者の人口は6308万6436人で高齢者は507万4717人となっている。ここからわかるのはベトナムでは未だに都市部の2倍弱の人口が農村部に居住しており,高齢者も農村部に多いことである。
また老年人口を60歳以上人口,年少人口を15歳未満人口とし,老年化指数(Aging Index: 老年人口/年少人口×100)を2009年と2019年センサスから求めてみると,前者は35.5%,後者は48.8%となり,実に13.3パーセントポイントの上昇となっている(注5)。1999年の老年化指数は24.3%だったから,この20年で老年化指数は倍増したことがわかる。
高齢者が直面する農村問題
以上のように人口センサスのデータからもベトナムの農村高齢化は明らかである。先述の末廣(2014)は農村高齢化がベトナムのみならず新興アジア諸国で一般に生じている現象であることに言及した。ゆえにベトナムの農村高齢化はアジアの縮図といってもよい。そしてベトナムのケースで見る限り農村高齢化は他の様々な問題と密接に関連している。
ベトナムの農村部では近年メコンデルタの干ばつや塩害,中部の台風被害や北部山岳地域の洪水など自然災害の被害が多発しており,また所得格差や貧困問題は農村部において顕著になっている(注6)。さらにCOVID-19の感染を抑えこんできたベトナムでも5月以降デルタ変異株が急速に感染を広げており,その感染禍は農村にまで深く浸透している。こうした様々な農村生活のストレスの中で精神的,肉体的負担に苦しみ,経済的困窮に直面する高齢者も少なくない(注7)。長期的視野でみると農村の高齢化が進むにつれて農業の担い手も少なくなっており,適切な農業技術を継承する基盤も危ういという問題もある。ベトナムを含む新興アジアの高齢化は,一般に議論される経済成長や社会保障の視点のみならず,農村というフィルターを通しより複雑な問題が絡む事象であるという理解が必要である。
[注]
- (1)O’Connor, Sarah. “We Should Not Be Too Sanguine about a Shrinking Population.” Financial Times, Aug. 3, 2021.
- (2)Vollset, S. E. et al. (2020) “Fertility, Mortality, Migration, and Population Scenarios for 195 Countries and Territories from 2017 to 2100: A Forecasting Analysis for the Global Burden of Disease Study.” Lancet. 396, 1285-1306.
- (3)末廣昭(2014)『新興アジア経済論―キャッチアップを超えて―』岩波書店,第7章。
- (4)General Statistics Office (2020) Completed Results of the 2019 Viet Nam Population and Housing Census. Ha Noi: Statistical Publishing House.
- (5)1999年,2009年についてはCentral Population and Housing Census Steering Committee (2010) The 2009 Vietnam Population and Housing Census: Major Findings. Ha Noi: Central Population and Housing Census Steering Committee.なお老年化指数の計算に用いられた老年人口は「60歳以上」であることに注意。
- (6)世界経済評論IMPACT高橋執筆コラムNo.1512およびNo.2145参照。
- (7)https://tuyengiao.vn/dan-so-va-phat-trien/nguoi-cao-tuoi-o-nong-thon-can-quan-tam-cham-soc-hon-ca-ve-the-chat-tinh-than-131215(2021年8月18日閲覧).
関連記事
高橋 塁
-
[No.3076 2023.08.21 ]
-
[No.2965 2023.05.22 ]
-
[No.2819 2023.01.16 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]