世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2258
世界経済評論IMPACT No.2258

ILC東北誘致計画で第2期有識者会議始まる

山崎恭平

(東北文化学園大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2021.08.23

 1年遅れで開催された東京五輪は,コロナ禍もあって「復興五輪」の発信ができなかった。東日本大震災の被災地東北地方の人々には,利用されただけかとの思いが強いようである。他方,大震災からの復興と新しい東北創成の核に期待されている国際大型科学技術プロジェクトILCでは,建設費用や国際分担等の課題から誘致が危ぶまれていた中で新たな進展があった。政府の文部科学省が第2期有識者会議を組織しこの7月29日第1回会議をオンラインで開催,今後1年かけて第1期会議のフォローアップを行うもので,地元には期待感が高まっている。

宇宙の謎を解明する日本初の国際プロジェクト

 ILCはInternational Linear Colliderの略で,素粒子の電子と陽電子を高速で衝突させて宇宙の誕生や物質の生成を探る世界最先端巨大実験設備の直線型加速器である。ヒッグス粒子の存在を突き止めたスイスにあるCERN(欧州合同原子核研究機構)の現在の最先端円形型加速器LHC(Large Hadron Collider)の後続機として,日本初の国際プロジェクトとして検討されてきた。建設候補地は東北地方の岩手,宮城両県に跨る北上高地の南部で,東日本大震災で大きな被害を被った東北地方にとっては復興と将来に大きな期待がかかる。ただ,計画が素粒子物理学の分野で一般には馴染みが薄く,中央から離れた東北地方の案件故か首都圏ではマスコミの報道がほとんどない。

 仙台市内で奉職時にILC計画を知り,建設候補サイトの見学や国際学会LCWS(Linear Collider Work Shop)の盛岡市や仙台市での会議を傍聴して関心を持った。そして,専門外で知識は疎いもののこの計画の実現を願って関心を深め,フォローしてきた。しかし,首都圏では情報が乏しく,日本学術会議の有識者会議再開も地元紙岩手日報の特集サイト「ILC東北誘致」の記事から知り,文科省のHPから確認した。これまでこの計画について発信してきた関係で(注1),上司や友人からは立ち消えを含めその後の進展を問われていた。また,最近の新型コロナウイルス感染症の急拡大で報道の中心はそちらに移っているから,ここでILCプロジェクトの新たな進展に触れる。

 ILC東北誘致については,2014年以来第1期の有識者会議が検討を重ねてきた。4年余にわたり詳細な検討のもとに18年には報告書をまとめ,日本学術会議はこれを審議し19年に学術的な意義は認められるものの建設費の大きさやその国際的分担が不明で,誘致は時機尚早と答申した。しかし,文科省は20年に入って学術研究の大型プロジェクトの候補に残し,計画を統括するICFA(International Committee for Future Accelerators)は8月に新たなILC推進組織IDT(International Development Team)を日本のKEK(高エネルギー加速器研究機構,つくば市)に立ち上げ,ILC準備研究所(Pre-Lab)の検討を始めた。こうした展開から,文科省は国際社会との協議を続けると同時に第1期有識者会議をフォローアップする第2期会議の検討に入った。

来年にもILC準備研究所設立し建設・運用へ

 ICFAによると,ILCプロジェクトは4段階の道筋を経て実現する計画である。第1段階は先に触れた国際推進チームIDTの活動で,日本のKEKがホストになりILC準備研究所を2022年に設立予定で組織や運営体制,建設コスト見通しや国際分担,加速器の技術向上等を検討,21年6月初め提案書をまとめている。第2段階は世界の研究所間の交渉や協議を行い4年程度かけてILC研究所を設立。第3段階は政府間合意により10年程度でILCを建設し,第4段階は2035年頃を見込んで運用開始する予定である。

 ILC建設候補地の東北地方では,20年8月に産官学22機関・団体が東北ILC事業推進センターを組織し,国際推進チームと連携しながら日本政府に正式決定を働きかけている。そして,住民への教宣活動とともに中高生を中心にILCの学習機会を設け,将来のプロジェクトの担い手を育成し夢を育んでいる。また,東北6県に新潟県を含める約700事業所の関連企業に勉強会を開催し,全国向けには随時オンライン講演会等を開催しこのプロジェクトの実現に向けて広範な教宣活動を展開している。

 日本は大型国際科学プロジェクトでは前記LHCのほかISS(国際宇宙ステイション),ITER(国際熱融合実験炉)等に参加協力しているが,日本が主催国になるプロジェクトではILCが初めてとなる。主催国になる国際的な期待は,ILCが日本はノーベル賞受賞者に見る通り素粒子物理学で大きな実績を誇り,またこの分野で実験装置の加速器ではCERNに納入されている実績に見る如く世界的な生産国だからだ。地下100mに長さ20㎞,250GeVのILC建設コストは8,000 億円強と見られ,国際分担で主催国は最大の負担が求められることから,政府は最終決定に慎重である。しかし,欧米を中心に日本での設立が請われている千載一遇の機会は逃すべきではないし,知恵を結集して実現を願いたいと思う。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2258.html)

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