世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
高まるメタネーションへの期待:推進官民協議会に多数の民間企業が参加
(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)
2021.08.16
今年の6月,経済産業省資源エネルギー庁電力・ガス事業部ガス市場整備室を事務局とするメタネーション推進官民協議会が正式に発足し,第1回会合を開いた。メタネーションとは水素と二酸化炭素(CO2)から合成メタンを製造する技術であり,都市ガス事業のカーボンニュートラル化の切り札とされるものである。
同協議会の設置は,ガス市場整備室が2020年9月から21年3月にかけて開催した「2050年に向けたガス事業の在り方研究会」(在り方研)の報告書(21年4月)に盛り込まれた提言を実行に移したものである。在り方研がスタートしたのは,安倍晋三政権時代の20年9月4日のことであり,後継の菅義偉首相が同年10月26日の所信表明演説で50年カーボンニュートラル宣言を行うより50日以上も前のことであった。ガス市場整備室の先見性が光ったひとコマだったのである。
ガス市場整備室は,在り方研の報告書を受けて,精力的に動いた。それは,21年6月に改定されたグリーン成長戦略の重点14分野の3番目にメタネーションをはじめとする「次世代熱エネルギー産業」が取り上げられるという形で結実した。20年12月に策定されたもともとのグリーン成長戦略には明示されていなかった次世代熱エネルギー産業が重点項目として新たに認定されたことは,特筆すべき成果である。
メタネーションによる合成メタンの使用は,水素の直接利用に比べてエネルギー効率が悪い。にもかかわらず都市ガス業界がメタネーションに期待をかけるのは,既存のガス導管をそのままの形で活用できるからである。水素は,都市ガスの主成分であるメタンに比べて,容量当たりの熱量が小さい。そのため,水素の直接利用に切り替えて熱需要にこたえようとすると,既存のガス導管だけでは足りず,大規模な導管投資を行わなければならない。これを避けるためにはガス導管で供給するのはあくまでメタンでなければならないが,従来のままのメタンの供給では使用時にCO2を排出するだけなのでカーボンニュートラルの動きに逆行する。そこでメタネーションによる合成メタンの供給に置き換え,使用時のCO2排出と製造時のCO2吸収とを相殺してカーボンフリーを実現する。これが,都市ガス業界がメタネーションを「カーボンニュートラル化の切り札」と考える理由である。
メタネーション推進官民協議会には,発足時点で,21社もの民間企業が参加している。その顔ぶれは,都市ガス会社(東京ガス・大阪ガス・東邦ガス)やすでにメタネーションに取り組んでいるINPEX・日立造船・IHIだけでなく,電力会社(東京電力・関西電力・JERA),鉄鋼メーカー(日本製鉄・JFEスチール),セメントメーカー(三菱マテリアル),部品メーカー(アイシン・デンソー),海運会社(日本郵船・商船三井),エンジニアリング会社(日揮・千代田化工建設),総合商社(三菱商事・住友商事),そしてクレジットを使ったカーボンニュートラルLNG(液化天然ガス)の供給にかかわるシェル・ジャパンであり,きわめて多彩なメンバーである。
官民協議会に多様なメンバーが集まっているのは,メタネーションへの期待が,都市ガス業界以外でも広がりつつあるからだ。
海外で合成メタンが大量・安価に生産されるようになれば,それを輸入することによって電力業界は,LNG火力を合成メタン火力に変え,カーボンフリー化を実現できる。その場合には,LNG運搬船・LNG輸入基地・LNG火力発電設備などの既存のインフラを活用することが可能になる。もちろん,LNG火力の水素火力への転換というもう一つの道も存在するが,水素火力か合成メタン火力かを決するのは,これからどちらがより速くコスト低減を達成しうるかにかかっている。
製造過程で大量のCO2を排出する鉄鋼業やセメント工業においても,CO2の有効活用につながるメタネーションへの期待は高い。鉄鋼業界は,50年へ向けて,コークスを使う従来の製法から水素還元製鉄への転換を模索するであろうが,同時に,メタネーションによる既存製法の継続も選択肢に入れるだろう。後者の道が実現すれば,既存インフラの活用が可能になるので,国際競争力の確保につながることは言うまでもない。
部品メーカーに対しては,製造工程でCO2を排出しないように求める最終製品メーカーからの圧力が強まっている。今後は,サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを達成するため,CO2を排出する工場からの部品供給は受け付けないという最終製品メーカーが増えるだろう。したがって,メタネーション等により自社工場のカーボンフリー化を実現することは,部品メーカーにとって死活問題である。また,カーボンフリー化を可能にするプラント内メタネーションの技術を開発すれば,それを広く外販することもできる。部品メーカーのあいだでメタネーションへの期待が高まるのも,当然のことだと言える。
さらに,船舶用燃料の重油からLNGへの転換に取り組む海運業界が合成メタンに目を向けるのは,自然のことである。IMO(国際海事機関)によるCO2規制への対応という大きな課題が,一挙に解決するからである。
メタネーション推進官民協議会に多様な民間企業が参集した背景には,ここまで述べてきたような事情が存在する。改定されたグリーン成長戦略は,50年における合成メタンの供給量を2500万トンと見込んでいる。しかし,各業界でメタネーションが使われるようになると,この供給見通しは大きく上振れするかもしれない。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :国内
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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