世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2220
世界経済評論IMPACT No.2220

「ワクチン外交」でASEANの中国依存は高まったか?

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授)

2021.07.05

 「中国以外にカンボジアは,誰を頼ればいいのか」。21年5月,日本経済新聞社主催「アジアの未来」でカンボジアのフンセン首相の言葉は衝撃的であった。新型コロナのパンデミック初期には,世界各国はマスクや医療用品の確保に,21年にはワクチンの確保に,それぞれ奔走,「自国第一主義」が台頭した。各国とも自国のことで手一杯だった。この間隙をついて「ワクチン外交」を推し進めた中国。ASEANの中国依存は高まったのだろうか。

先進国に比べワクチン接種が進まないASEAN

 米国や英国など,ワクチン接種が進んだ先進国では,日常を徐々に取り戻しつつある。その一方,これまで新型コロナ感染を抑え込んでいた東南アジアは,21年4月頃より感染者数の増大に見舞われ,マレーシアなどでは都市封鎖(ロックダウン)が行われるなど,新型コロナとの攻防を繰り広げている。東南アジア各国の21年の経済成長見通しは,下方修正を余儀なくされる等,社会・経済両面で困難な状況が続いている。

 経済活動再開の鍵を握るのはワクチン接種である。ワクチンを2回接種した完全接種率は,米国と英国で50%弱,ドイツ・イタリア・フランスで3割前後に達している。日本はここにきて接種スピードが加速,10%に達した(6月29日時点)。集団免疫を得るには6~7割の接種率が必要と言われているが,欧米先進国はその水準に着実に近づいている。

 一方の東南アジア。シンガポールが最も高く同比率は35%,これにカンボジア(同17%)が続く。マレーシアとラオスは6~8%台であるが,それ以外の国々は全て1桁台前半である。中でも感染を抑え込んでいたベトナムが最も低く,わずか0.2%である。

ASEANのワクチン接種動向

 東南アジア各国のワクチン調達は,大きく①自国予算,②COVAX(COVID-19ワクチン・グローバル・アクセス)からの供与(注1),③新型コロナASEAN対応基金による購入,④他国からの寄付,等がある。東南アジアの人口は約6.6億人(世界人口の8.6%)。単純に計算すれば,13.2億回分のワクチンが必要になる(注2)。公表データを元に算出したASEANの調達ワクチン総数は約9億回分(2021年6月28日現在)で,ワクチン接種は1人当たり2回必要であるため,4.2億回分のワクチンが不足していることになる。

 ASEAN加盟国のうち,必要な接種回数分のワクチンを確保出来ているのはマレーシアとシンガポールである。シンガポールは「21年末までで十分な量を確保した」と発表している(注3)。ただし,これらの国々であっても,ワクチンは順次到着するため,ワクチンの到着やそれに伴う接種の遅延は,経済回復・復興の遅延に直結する。

中国はカンボジア,ラオスを重点的に無償供与で支援

 世界的なワクチン獲得競争は,21年前後に始まった。欧米各国は,臨床試験が終わり承認されたワクチンを感染拡大が続いていた国内に投入,その一方,中国は感染をほぼ完全に抑制していたため,ワクチンの海外提供を開始した。この動きに欧米諸国は,国際的な影響力拡大に繋げる中国の「ワクチン外交」として警戒した。中国の国際的影響力拡大手法に,途上国が喉から手が出るほど欲している「ワクチン」が用いられることに危機感を抱いた先進各国は,2021年6月に英国で開かれた先進7カ国(G7)首脳会議で,途上国にワクチン10億回分を提供することで合意した。

 ブリッジコンサルティング社の「中国COVID-19ワクチン・トラッカー」(2021年6月28日時点)によれば,中国のワクチン提供計画数は累計で8億7057万回分。うち無償提供分は2.9%を占める2,536万回分に過ぎない。この無償提供分の3分の1を占める811万回分は,ワクチン外交の最前線と言われる東南アジア向けである。アフリカにも669万回分を供与しているが,供与先国が多く,1カ国当たりのワクチン配布回数は10万回から60万回に過ぎない。東南アジアでは,親中国家のカンボジアとラオスに重点的に供与している。前者は220万回分,後者で190万回分である。

中国に依存せざるを得ないカンボジア,ラオス

 中国からのワクチン調達は,無償供与に加えて,シノファームやシノパックなど中国ワクチン開発企業との購入契約もある。それらを合算したASEANの中国ワクチンの調達数は約3億回分である。これはASEANの総ワクチン調達数約9億本の約3分の1である。

 しかし,加盟国によって中国依存度は開きがある。国別ワクチン調達数に占める中国ワクチンの比率では,カンボジアが突出しており,同国が調達する総ワクチン数(2,190万回分)の約95%に達する。また,域内最大の人口を抱えるインドネシアで約53%,ラオスで42%を中国に依存する。

 特にカンボジアにとって中国製ワクチンは国家の生命線になっている。欧米製薬メーカーからの調達による代替手段を持たず,唯一,COVAXが主要な代替供給源である。フンセン首相は日経「アジアの未来」で21年5月「中国以外にカンボジアは,誰を頼ればいいのか。米国にもワクチン提供を要請したが,いつになったら届くか分からない。コロナ対策でも中国の支援は不可欠だ」と発言した。主要国は自国のワクチン確保に懸命で,カンボジアを顧みる余裕すらない状況に,フンセン首相の悲哀すら感じられる。

「ワクチンは国際公共財」との言葉に疑念を持つASEAN

 習近平国家主席を始め,中国政府は開発の段階から「ワクチンを国際公共財にする」と発言してきた。中国外務省は,21年6月2日,「80カ国以上にワクチンを支援し,40カ国以上へワクチンを輸出し,その数は合計で3億5000万回以上」と発表した。

 しかし,ASEAN加盟国のうち,ある程度の資金力がある中進国は,調達を多元化している。中国依存のイメージもあるフィリピンやタイで,ワクチン調達総数に占める中国ワクチンの比率は10%台後半,もともと中国に対する警戒心が強いベトナムは1%にも満たない。

 ASEANは30年もの間,中国との間で対話国関係を続け,関係を向上させてきたが,中国との意見の相違や中国の行為に直接的に干渉する発言をした場合,中国から懲罰的に経済的制裁を受ける懸念を有する。そのため,生命線とも言えるワクチンの完全な中国依存はリスクが高いと考えている。過去にはシンガポールのリー・シェンロン首相が2016年,南シナ海の仲裁裁判所の判決について「理想的には,仲裁裁判の判決が世界秩序を規定する」,「大国は自らの国益に従い,たびたび国益に反する場合には(仲裁裁判判決に)従わない」として中国の姿勢を暗に非難した。それに対して中国は,台湾で軍事訓練を終了し,シンガポールに戻す途中の装甲車テレックスAV-81を9輌,経由地香港で差し押さえるなどの行動に出た。それ以外にも,過去にはフィリピン産バナナの実質的禁輸,最近では,豪モリソン首相の新型コロナ発生源を巡る独立機関による調査を求めた発言を機に,豪州産ワインや大麦への反ダンピングおよび反補助金関税の賦課,その他豪州産品の実質的輸入停止など枚挙に暇がない。

 ベトナムは中国製ワクチンの導入を極力避け,独自の国産ワクチン開発を進めてきた。タイは21年6月より,王室系製薬会社サイアム・バイオサイエンスが英アストラゼネカから技術移転を受け,ワクチンの現地生産を開始した。経済力の制約から中国に依存せざるを得ないカンボジアやラオスを除き,中国のASEANに対する「ワクチン外交」は,効果をあげているとは言えない。

[注]
  • (1)ただしタイを除く。タイはCOVAXに参加していない。
  • (2)ただし,12歳以下へのワクチン接種については,現在,ファイザーなどが臨床試験を行っている。
  • (3)ただし,シンガポールは具体的なワクチン購入数を公表していない。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2220.html)

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