世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2219
世界経済評論IMPACT No.2219

中国の人口減少は悪いニュースなのか?

岡本信広

(大東文化大学国際関係学部 教授)

2021.07.05

 20世紀は人口爆発という言葉で議論されたように,人口増加は多くの途上国で悩みの種であった。人口が増えるということは,地球上の資源が一定だと仮定すると,食糧,雇用,環境に悪影響を与える。とくにマルサスの人口論は人口の増加が経済の停滞をもたらすという「マルサスの罠」として,開発経済学の「低水準均衡の罠」(ライベンスタイン)論の形成に大きな影響を与えた。導かれた政策含意は,世界各国で産児制限や家族計画の普及が必要であり,事実世界は少産を成し遂げ,人口爆発を防いだのである。

 となると21世紀の人口減少は食糧,雇用,環境に負担をかけない本来喜ぶべきニュースだ。1人当たりの食糧消費量は減っていくので食糧増産よりも食糧の質を追求できるし,1人当たりの資本の増加は雇用機会の増加につながり,持続的成長のための環境や生態系への負担は減る。

 なぜ,人口減少が手放しで喜べないのか。それは人口構成が経済成長に大きな影響を与えることが発見されたからだ。生産年齢人口の増加は人口ボーナスとして東アジアの経済成長を支えた。ところが人口減少をもたらす少子高齢化というゆっくりとした人口構成比の変化は従属人口の増加を招き,経済成長に暗雲が立ち込めるのである。存在する資源が経済成長に必要な資本形成につながらず,社会保障費の負担に消えてしまう。これが人口オーナス論である。

 中国の2020年の人口センサスが5月に発表された。2010年人口に比べて7206万人増加し,14億1178万人となった。しかし年平均成長率は過去最低の0.53%であり,徐々にピークに達しつつある。人口構成をみてみると,0−14歳人口は2億5338万人(17.59%),15−59歳人口は8億9438万人(63.35%),60歳以上人口は1億9064万人(13.5%)であった。2010年センサスと比べると,生産年齢人口は6.8%の低下,高齢者人口は5.4%の上昇である。近年の出生率の低下と合わせて考えれば,少子高齢化,そして数年後の人口減少に向かって進んでいることは間違いない。

 しかし,これは中国にとっていいニュースである。まず一つ目は,食糧需給のひっ迫を防ぐことが可能である。近年豚肉需要の増加に伴う飼料用作物(トウモロコシや大豆など)の輸入が増加していることが伝えられるが,少子高齢化に伴って肉食の減少および食糧輸入の増加は長期的に減少し,食糧自給率の悪化は免れるだろう。二つ目は少子化に伴い子どもの教育水準が向上し,労働者の質的向上が見込め,生産性の増加も長期的には期待できそうだ。三つ目は環境負担の減少である。大気汚染や水汚染などのブラウンイシューは近年の取り組みでかなり改善してきているし,農業人口の減少は砂漠化など生態系への負担も減少することが可能だろう。

 さらに付け加えれば,経済全体や国際関係にもいい影響がありそうだ。過去中国は労働人口の増加よりも資本の増加で経済成長を続けてきた。すなわち生産年齢人口の減少は急速に経済成長を悪化させるとは考えにくい。少子高齢化に伴って貯蓄率の低下が懸念されているが,そもそも貯蓄率自体が高すぎるために,過剰な資本蓄積が進むとともに,経常収支の黒字という国際問題になっている。人口減少を予期した余分なインフラ建設や住宅建設を減らしていき,経常収支の黒字が減少すれば米中貿易摩擦の解消にも貢献することになるだろう。また高齢者人口の増加は消費の拡大にも貢献すると考えられるので,中国が現在目指している二重循環(外需と内需のバランス)にも好影響となるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2219.html)

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