世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2210
世界経済評論IMPACT No.2210

振り子が振れるサプライチェーン再構築

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2021.06.28

 6月16日の日経新聞FT特約記事ではコーンウォールG7の提言,思想の変化について言及している。論点の一つとして歴史の振り子が振れる(揺り戻す)ことを挙げている。やや抽象的な論旨なので解釈については日経バックナンバーで当該記事をお読みいただき各々考えていただければと思う。このFT論評の言うまでもなく,大きく一方に触れた振り子は必ず同じ振幅で反対側に行き着く。この1年を見ても,マスコミの不見識や立民が大声で喚き立てることは殆どの場合ブーメランとなって跳ね返っていく。祖父母から,「人の振り見て我が振り直せ」と言われて育ったが,彼ら彼女らには馬耳東風の格言なのであろう。

 COVID-19という大厄災で図らずも浮かび上がってきたのが西側諸国の産業経済基盤の脆さである。中でも民主主義各国で重要課題として多くの政治家や経済人を慌てたさせたのがサプライチェーンである。欧州はいつものように格好良くESGやグリーンリカバリーの掛け声を挙げたのは良いが,肝心の半導体,蓄電池,太陽光パネル,風力発電装置部材などの技術と製造拠点が極端に極東アジアに偏っていることに慌てていることが見え隠れする。これでは過去の繰り返しで「ドイツのEVは〇〇が素晴らしい!」というコメントが,10年後にグリーン度水増しだったという落ちになると老婆心ながら心配になる。生産とサプライチェーンは一体であり,技術もそれを支える人も生産力の一端であることを忘れてはならない。ウイルスと同じ様に技術も人を介して伝わっていくのである。

 近未来の予想をする上で,ESG投資では悪玉に挙げられている石油のサプライチェーン変遷を見つめ直すことは無駄ではない。二度の石油ショック以前,水より安かった原油はペルシャ湾から日本や(喜望峰経由で)欧州までタンカー輸送しても安価な原料であった。原油を精製・分留して得られる各種石油製品は大きな付加価値を生み出す商品として市場立地が良いとされた。原油を持つ米国はもとより,多くの国々が関連工業集積地に石油コンビナートを建設して二次三次製品を製造していた。今話題の水素も石油精製副産物なので水島(倉敷市)や徳山(周南市)などでは周辺工場へ燃料としてパイプライン輸送を行っていた。ところが原油価格の上昇によりいつしか原油精製は生産立地になり,米国以外は中東や東南アジアに大規模プラントが建設され,ガソリン,ナフサなど製品別に購入するようになった。原油は火力発電所の「生焚き」が大ユーザーとなる有様である。水素ガスを大量消費するセメントや製鉄工場のない中東では煙突の先端でオレンジ色の炎を挙げながら燃やしているので,TVで二酸化炭素排出の悪玉のように象徴的に放映されて完全に創られたマスコミイメージとなっている。

 原料コストと輸送コストを勘案してコンビナートという垂直統合と精製製品を購入する水平分業のどちらを選択するかは算盤勘定次第である。しかし,水島を訪問すれば判るが,コンビナートが立ち行かなくなった街は廃れ,大学と企業の共同研究プロジェクトも減少して地域経済圏が苦難に陥る。加えてコロナ禍で人の往来も減ったことがJR西日本の岡山地区大量減便という地域の利便性を奪う最後の引き金になろうとしている。昭和の時代に日本の成長を牽引した山陽道は北九州と京阪神・関東の輸送用「土管」地域になりつつある。まさに振り子が逆に振れてしまった結果と言える。

 日経ビジネスの「逆・タイムマシン経営論」でも論じられているように経営には歴史から学ぶことが必要なことは論をまたない。ブラックマンデー以降はファブレス・水平分業が米国ビジネス論の中心になり,また「スマイルカーブ論」がもてはやされたことからモノの製造組み立てが人件費の安かった中国と東南アジアに集中した。21世紀の初めに国内大手電気会社が半導体製造設備を導入する際,その開発製造納入を担当した企業を使い捨てにした。その電気会社の半導体事業は廃れたが製造装置会社は飛躍的成長を遂げている。この例が教えるのは,主要企業首脳と霞が関はほんの10年の中長期的展望を想像する能力欠如にもかかわらずバブルの頃の「看板」で経営を続けていたというお粗末さである。結果的に,あれこれもっともらしいことを言う識者を味方にしてその場を乗り切ることに長けている経営者が当たり前になってしまった。その極端な例,災厄を助長する代表がマスコミであることはこの1年嫌というほど身にしみた。

 半導体とセンサーがこれから暫くの間,産業の重要命題になる。半導体チップ製造拠点集中が安全保障上の弱点になっているが,半導体の原料であるシリコンインゴットとウエハの製造および後工程のパッケージも日本を中心としたアジアに世界の過半が集中している。中国から見れば日本と台湾を占領してしまうと欧米はガタガタになることは自明なので,硬軟あらゆる手を使って日台を取り込もうとするだろう。地政学的に見た場合,このような状況を改善するにはTSMCの工場をアリゾナや九州に作るだけではなく,我国の半導体製造に関係する重要技術・人材・設備を北米や欧州に分散配置することを考える必要がある。政府や経済界からそのような議論が見えてこないことに我国の上級国民の質低下を感じる。

 中国史3000年を見れば今の中国統治機構が永遠に続くことは有り得ない。しかし,この状態が数百年続くかもしれない。LGBT議論で性差別をなくす法案も重要であるが国民を支える産業経済安全保障を国会でも隣国への忖度無しで忌憚なく議論する必要がある。女性管理職や議員を増やすクオータ制の導入より先に霞が関や経営首脳が文系に偏っている状態を半分理系にスイングするような決断も必要であろう(6/22のBSフジ反町氏の番組でも同様の提案がされていた)。昭和初期の軍部とこの30年の失敗を糧として,今から100年間に起こりうる最悪の状況を想像してコトに当たる必要がある。そのためには,たった20年もあれば十分な高等教育によって我国人材の質向上に務めなければならない。株価や時価総額にこだわる前例踏襲的な経営者は,権威主義の中国に飲み込まれてしまうことを自ら仕掛けていることに気づく必要がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2210.html)

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