世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2162
世界経済評論IMPACT No.2162

東アジアにおける民主主義,権威主義および近代化

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2021.05.24

 現在世の中は,新型コロナウィルスの蔓延についての話題で持ちきりである。この国のワクチン接種状況は,他の先進国と比べてかなり低水準にあるようだ。開発途上国並みだと揶揄する向きもあるぐらいだ。そうした事情も手伝ってかどうかはわからないが,このところ先進国の民主主義と新興国の権威主義とを比較した議論がさかんにおこなわれている。たとえば権威主義の筆頭格とされる中国がコロナウィルスを抑え込んでいるように見えるのに対して,民主主義の代表国であるアメリカやイギリスはある程度抑えつつあるけれど,そこまで至っていない。さらに言うなら,この日本の実情はお粗末そのものである。

 さてそこで日本や中国,韓国,および台湾などを内包する東アジア地域について,歴史的視角から,民主主義と権威主義と近代化の関係について比較検討してみよう。

 国際政治面をみると,まずは香港問題がなにかと目立つ。つまり香港にほんらい内在する民主主義が中国の権威主義によって圧倒されるといった権威主義の暴力性が,批判されている。そしてその手はいまや台湾に伸びようとしているようにも見える。その一連の動きに対して,アメリカが牽制しようとしている。こうした事情が新冷戦の始まりなのかどうかは,依然はっきりしない。

 次にこの地域の近代史をみてみよう。まず中国について。この国は清王朝のとき,すでに産業革命を達成していたイギリスとのアヘン戦争に敗北して(1842),じょじょに衰退してゆく。香港がイギリスに奪われて半植民地化し,日清戦争においても敗北する。挙句の果ては,清の権威は失墜し,中国本土は西洋列強と日本によってどんどん荒らされ,無秩序状態に陥った。言うなれば17世紀の政治思想家ホッブズのいう,「自然状態」(万人の万人による戦争状態)そのものであった。この国で政治の安定化は,毛沢東の登場まで待たねばならなかった。おそらく中国が政治的に安定し,国際政治面で自立を確保したのは1950年あたりであろう。つまり近代中国のばあい,この長い低迷期間を「失われた100年」とみなすことができよう。その後の中国をみると,毛沢東時代の政治安定期からバトンを受け継いだ鄧小平によって経済成長の方に重点が移された。すでに1970年代初期にニクソン訪中を起点に中国は国際社会に復帰していたが,経済成長が本格化したのは1970年代末からの鄧小平時代である。しかも台湾の高雄輸出加工区の成功にヒントを得て,創設された深圳や珠海などの経済特区を中心に開放型工業化を見事に成功させた。現在は,そうした一連の経済事象はグローバル・バリューチェーンの視角から捉えられている。ところが政治体制に眼を向けると,毛沢東時代から今日まで一貫して権威主義である。

 では日本はどうか。この国のばあい,19世紀半ばのペリー来航が重要な意味を与えた。言うなればそれが「決定的岐路」となって,日本は幕末から明治維新を経て近代化の過程(近代資本主義)へ大転換したのだった。そして日清・日露の戦争,第一次世界大戦への参戦で勝利し,いわゆる不平等条約を解消し,段階的に近代化プロセスを前進させた。政治体制としてはこの国のばあい,明治維新から第二次世界大戦の敗戦終結(1945)まで一貫して権威主義であった。つまり日本は明治・大正・昭和時代に,近代化の基礎を作り上げたといえる。そしてGHQによって財閥解体と地方の農地改革が実施され,平準化が進行することとなる。政治体制面では,民主主義への転換が成し遂げられた。そして政治の安定化の下で高度経済成長が実現したのだった。

 次に韓国と台湾はどうか。実はこれらの国や地域も,輸出指向工業化を通して高度な経済成長を実現したのは,権威主義体制下であった。1960年代から70年代がそうだったが,とくに韓国においては朴正熙のとき,台湾では李登輝のときだった。やがてこれらの国や地域は民主主義へ移管された。さらにいえば,シンガポールの高度成長もリークアンユーによる権威主義体制下であった。

 かくして近代化と権威主義は相並んで進行していく傾向があるといえそうだ。経済成長もしくは経済発展が成就したら民主主義へ移行するといったパターンが,韓国と台湾において見られた。おもしろいことに日本のばあい,「決定的岐路」は外圧によってもたらされた。では中国はどうだろうか。おそらく多くの中国人は現在,権威主義が続いているとしても,経済成長の果実が国民に広くいきわたりつつあるのを見るに及んで,いままさにかつての「失われた100年」を取り戻した,という自信をいよいよ深めつつあるのではなかろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2162.html)

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