世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本の経済外交の強みと弱みは何か:民間経済界スタッフの現場的視点
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2021.05.17
先般,筆者は全国各地の大学で国際関係論や外交史の分野で教鞭をとる新進気鋭の教授,准教授の方々と長時間にわたりオンライン会合で意見交換するという大変貴重な機会を持った。テーマは主に1980年代以降の日本の経済外交だった。民間経済界が果たしてきた役割と課題に関する筆者からの報告に続いて行われた質疑応答では,アカデミアの視座から様々な鋭い質問や指摘が提示され,多くの知的刺激を受けた。
そこで本稿では,その会合での議論も踏まえ,30余年にわたり民間経済団体スタッフとして観察した日本の経済外交の強みと弱みについて私見を述べてみたい。なお,以下はあくまで筆者の個人的な体験に基づき認識した強みと弱みであり,体系的なものではない。
まず強みは何かについて述べたい。あまり多くは認識していないが,少なくとも3点について指摘できる。第1に,強固で安定した官僚組織の存在である。他国との交渉実務はほとんど全て官僚組織が担っている。一般論として,途上国政府と比較して日本の官僚組織の信頼性が高くクリーンであるのは当然だが,欧米先進国と比べても約束や期日の厳守,継続性の確保などは高く評価できる点だ。
第2に,日本企業の直接投資への海外からの期待である。残念ながら近年はかつてほどの熱気はないが,日本のモノづくりの技術・ノウハウの移転と雇用創出効果への期待は今なお根強いものがある。途上国の政府首脳や経済閣僚から日本の経済界に対し,機会ある度に異口同音に繰り返される要請は「ODAも有り難いが,それ以上に民間企業のFDIが欲しい」である。欧米先進国からの期待も同様だ。日米貿易摩擦が燃え盛っていた1980年代半ば,自動車,電機,商社等の実務者レベルで構成された経団連の投資促進ミッションが米国の南部や西部の各州を回ったところ,知事主催による公邸での晩餐会や州警察の白バイ先導など国賓並みの接遇と歓迎を受け,ジャパン・バッシング一色のワシントンDCとは全く異なる米国の顔にミッション一同は驚歎した。
第3に,経済界,とりわけ経団連からの継続的な支援である。諸外国にも様々な経済団体が存在するが,国内の主要企業を組織的に束ね政府の外交方針に全面協力している例は他国には見られない。日本の経団連に最も近いと言われるフランス経団連(MEDEF)でも政府の政策に抗議して会長が辞任したことがあるが,日本ではあり得ない。また,米国で最も強力なビジネス・ロビーとされる全米商業会議所の政府に対するスタンスは是々非々で,しばしば通商交渉結果に批判的な公式コメントを発表するが,経団連会長コメントは常に政府を支持する内容だ。
では弱みは何か。多くのことが学界でも議論されているようだが,ここでは紙幅の都合もあり主に通商交渉関連にフォーカスし,かいつまんで4点のみ指摘したい。第1に,司令塔の不在である。縦割り行政の弊害がそのまま二重,三重外交を生み,交渉権限が拡散する。拡散の根源は外務省経済局と経産省通政局の行政的重複にあり,その抜本的解決策はもはや日本版通商代表部の設立しかない。拡散以上に深刻なのが恒常的な省庁間対立だ。その典型が農水省と経産省の対立である。こうした問題が最も顕著に露呈し日本を不利な状況に追い込むこととなるのが,WTOドーハ・ラウンドのようなマルチ交渉のケースだ。ジュネーブ等で閣僚会合が開催されるたびに日本政府は大型交渉団を現地に送り込むが,省庁間の情報共有を回避するためか各省がわざわざ別々の宿泊ホテルにオペレーションルームを開設する。外交では敵国内の分断工作が常套手段だが,端から自ら分断していれば交渉相手にとってこんな好都合はない。本来,通商交渉では攻め(鉱工業,各種規則等)と守り(農業等)の分野間の戦略的連携が不可欠なはずだ。また,TPPでは安倍政権になってやっと交渉参加を決断できたが,民主党政権下では首相,経済閣僚の多くがTPPの重要性を認識していたにもかかわらず,農水省と経産省の対立を調整できず,交渉参加が数年も遅れてしまった。
第2に,官僚外交の限界である。既述のとおり,日本の官僚組織は強固で個々人も優秀だが,1,2年の短期でのジェネラリストとしての人事異動の繰り返しでは通商分野の深い専門知識や交渉経験が蓄積されず,諸外国の百戦錬磨の通商のプロと本当に互角に対峙できているか疑問だ。また,長期的な通商戦略は単に策定するだけでなく,その実現に向け5年,10年と腰を据えてコミットし全力投球するキーパーソンが組織内に必要だが,1年たつと次のポストが気になり出す官僚にそれは期待できず,如何に立派な長期戦略も絵に描いた餅に終わってしまう。
第3に,農業市場問題である。TPPは別として,これまで日本が東南アジア諸国等の途上国と締結してきたEPA/FTAの自由化レベルが国際的に比較しても決して高くない主要な原因もここにある。自国の農業市場開放で思い切った譲歩をしなければ,相手国が鉱工業品の関税の大幅な削減・撤廃に応じないのは当然である。農業改革は決して貿易自由化のためではないが,攻めの通商政策のためにも必要不可欠だ。大掛かりな通商交渉のたびに,与野党問わず永田町で声高に叫ばれる「国益を守る」の国益とは,農業(団体)益と同義語ではないかと勘ぐってしまうのは筆者だけだろうか。
第4に,通商交渉に限った話ではないが,日本が経済力以外にはハード面(軍事力),ソフト面(文化,宗教,イデオロギー,言語,国際世論/制度形成力等々)とも主要諸外国に対抗できるほどのパワーを持ち合わせていないことによるハンディである。卑近な例をひとつだけ挙げると,国際会議の現場で英語という言語が持つ絶大なソフトパワーだ。これは,官民問わず〝国際派〟スタッフの多くが日々,痛感しているところである。
TPP,日欧EPA,RCEPと所謂メガFTAが一段落した現在,残るは日米FTAぐらいだが,幸か不幸か現在のバイデン政権の対外政策優先アジェンダには入っていないようだ。しかしながら,2018年9月の日米首脳会談後に発表された共同声明には,将来の包括的な日米FTA締結交渉が明記されている。何年後かはわからぬが,いずれ米国側からアプローチがあるだろう。今のうちに,少しでも弱みを克服し体勢を整えておきたいものだ。
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