世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2144
世界経済評論IMPACT No.2144

「ステイクホルダー」,この悩ましき存在

土井一生

(九州産業大学商学部 教授)

2021.05.10

 新疆ウイグル自治区産のコットンを巡り,それを原材料として製品を製造販売する世界のアパレル企業への批判は一向に止む気配がない。中国は世界の綿花生産量で三指に入る存在であるだけでなく,高品質な綿花の供給地でもある。その新疆ウイグル自治区産のコットン生産にあたり,重大な人権侵害が認められるというのが批判の発端である。転じて,世界のアパレル企業のサプライチェーンに組み込まれた当地での人権問題への対応が,当該企業の人権に対する基本姿勢を映し出す鏡として注目されている。

 翻って,多国籍企業,分けても,アパレル産業はこれまで少なからず同様の批判の矢面に立たされてきた。というのも,同産業は競争優位性獲得のために,途上国を積極的にビジネスモデルに組み込んできたからである。

 Sethi(2003)によれば,労働搾取や人権侵害を扱ったニュース・リポート(1994〜2002年)を精査すると,そこには多国籍企業の存在が際立っていたという。例えば,リポートの対象上位3ヵ国は中国,インドネシア,メキシコであり,業種別には,スポーツシューズ,アパレルそして小売と続く。スポーツシューズ業界では,ナイキを筆頭に,リーボックそしてアディダスが,アパレル業界では,ナイキ,ディズニーそしてギャップが続く。そして小売業界では,ウォルマートが50%以上を占めるという結果となった(注1)。

 もちろん,「多国籍企業悪者論」を展開しようというのではない。例えば,ナイキは1990年代後半に,同社の製品製造の委託工場で発生したスウェットショップ(労働搾取)問題で世界的なボイコット(不買運動)にさらされた。その後,NGO等のステイクホルダーと連携し,同社の東南アジアの委託工場の労働環境改善に努めてきた。ユニクロを展開するファーストリテイリングも,2015年中国における委託工場での労働環境が問題視され,その後(2018年),同社の主要素材工場のリストを公開するなど,人権への配慮を推し進めてきた。したがって,道半ばではあるが,人権侵害への多国籍企業対応としてはそれなりの成果を上げてきたといってよい。それだけ,今日の多国籍企業にとって,「人権」は重要なCSR経営の課題であり,グローバル経営における要諦の一つとされているのである。

 しかし,この度の新疆ウイグル自治区問題への対応は,当該企業の生産拠点を人権に配慮した労働環境に刷新するというサプライチェーン・マネジメントの問題を超えて,人権に対する異なる基本姿勢を持つ中国という巨大国家との「多国籍企業vs.国家」という図式に組み込まれることになる。現実に,中国ではそれを扇動するかのようなステイクホルダーからのボイコットも起きており,多国籍企業にとって看過できない状況となっている。

 CSRの分野では今日,CSV(共通価値の創造)に一定の注目が集まっている。CSRはともすると理念先行型の考え方に陥り,ビジネス的なインパクトを生み出せないとされ,それよりも,社会価値と経済価値を同時達成しようとするCSVが実践的な考え方として評価されている。しかし,CSVの考え方ではこの度の問題への対峙は困難である。

 というのも,当の中国が「人権侵害に当たる状況はない」と強硬に主張する以上,共通化できる社会価値の存在が見えない。すなわち,CSVのSV,すなわち「共通価値」そのものが見出されなければ,「創造する」活動の目的・対象が存在しない。したがって,CSVの考え方の前提条件が成立しないのである。そうなると,求められるのは共通化可能な社会価値そのものの創造作業となる。

 その一つが,企業による「企業はなぜ人権を重視しなければならないか」といった基本的な問いの継続的発信である。すなわち,理念先行型と揶揄されるCSRこそが,当該企業の基本姿勢を体現することになると同時に,その基本姿勢の継続的表明が企業価値を高めることにつながる。ただし,この問いかけには長い時間とコストが必要になる。

 そうなれば,ステイクホルダーからの援護射撃もまた必要となるであろう。例えば,消費者としても,人権尊重を謳い続ける企業の製品を優先的に,継続的に購入する活動,すなわち,ボイコットではなく「バイコット」を通して,人権侵害撲滅を希求する企業への強力なサポートとなることも可能であろう。ステイクホルダーは企業からすれば慎重な配慮が求められる存在ではあるが,時として強力なサポーターにもなり得る。

 ステイクホルダーの「ステイク(stake)」には,「要求」という意味がある。今日,グローバル経営が直面するステイクホルダーからの要求は,人間の根源的な側面にまで及んでいる。

[注]
  • (1)Sethi, S.Prakash.(2003), Setting Global Standards: Guidelines for Creating Codes of Conduct in Multinational Corporations, John Wiley & Sons, Inc., pp.15-42.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2144.html)

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