世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
コロナ禍に「移動」の重要性を考える
(九州産業大学商学部 教授)
2020.09.21
世界に拡散したコロナウィルスは,我々の経済社会生活にさまざまな変化を強いている。それらの中で最大の変化の一つは,「移動」の一時的な禁止あるいは抑制であろう。この「留め置かれた状態」というのは経済を停滞させたばかりか,人々の精神的肉体的状況にも悪影響を及ぼしている。われわれは,「自由に移動可能であった」これまでの日常を回顧し,現状をなかなか受け入れられないでいる。
ここで,改めてこの「移動」の重要性を考えてみよう。本稿では,「移動」を商品そしてプロセスの二面から捉えることとする。「商品としての移動」は,移動それ自体が商品となり,取引対象となるものである。この種の移動は,公共サービス的性格を持ち,経済社会生活に不可欠な商品となっている。すなわち,移動そのものをいかに効率的,効果的に完結させることができるかがそのサービスの質を決めるだけでなく,競争を制する要因となる。しかし,「商品としての移動」は,この度のコロナ禍においては最も脆弱な立場に追いやられ,なす術がない。例えば,各国が他国からの往来(移動)を厳しく規制して以来,航空会社は大幅な減便を強いられ,業績が悪化の一途をたどっているし,国内移動においても移動の自粛により交通機関の利用が控えられている。
「商品としての移動」は,ビジネスモデルの変更が容易ではない。なぜなら許認可を必要としたり,莫大な投資コストがかかるなど,参入障壁が高いからである。とはいえ,一部の航空会社では,旅客輸送用の機材の客席を貨物用に転用するなどの試みがすでに採用されてはいる。しかし,それはビジネスモデルの根本的な変革ではない。仮に今日のコロナ禍が収束を迎えたとしても,「移動」を生業とする企業は,新たな日常の「移動」の形を模索しなければならないであろう。
それに対して,「プロセスとしての移動」とは,移動を通じて目的を遂行しようとする主体にとって不可欠な機能を指す。例えば,製品や部品を移動(流通)させながら価値を創造する企業は,「移動」という機能をいかに効率的にビジネス全体に連結するかに腐心している。したがって,築き上げてきたサプライチェーンが寸断されることによる打撃は計り知れない。そもそも多国籍企業は,諸機能や経営資源を積極的に「移転(移動)」させながら価値創造を行い,利益を生み出す存在である。まさに「移転(移動)能力」こそが多国籍企業の肝である。その点では,移動(移転)を封じられた現在の多国籍企業は,「多国籍企業」であり続けるための前提条件が崩れ去った状況にある。
先ごろ『日経ビジネス』(2020年8月17日号)が実施した緊急アンケ―トによれば,「コロナ・ショックを受けて8割の企業がサプライチェーンを見直す」という。さらに,その対策の中でも,「複数の企業からの材料・部品の調達」「同じ製品を他の拠点でも生産」といった,調達先や生産拠点の多極化を企図する企業が多い。一部国内回帰を志向する企業も現れてはいるが,多くの企業はグローバリゼーションのベネフィットを強固なものとするべく舵を切っているといえる。
グローバリゼーションは,情報技術の進展をベースにした,まさに「移動」の範囲拡大や移動に要する時間の短縮を可能にした。拡張された移動空間により,企業活動の国際展開は促進され,人々の国際交流も盛んとなった。「インバウンド消費」も,諸外国にやや遅れを取った感はあるが,わが国でも重要な収入源となりつつある。その意味では,グローバリゼーションの恩恵の一つは,「移動」が生み出す利益とはいえないだろうか。しかし皮肉にも,その拡張された移動空間がコロナウィルスの感染蔓延に一役買っている。それをもって,反グローバリゼーションの旗頭とするのは,ややヒステリックに過ぎるが,グローバリゼーションが持つ可能性を積極的に議論できていない現状もまた問題であろう。
Kobrin(2020)は,「グローバリゼーション」という用語を「真夜中に忍び寄る不気味な物音」(“the thing that goes bump in the night”)と評し,これまで幾度となくその現象が問題視されてきたと述べている。その意味では,この度のコロナウィルスの蔓延はグローバリゼーションへの新たな挑戦として位置付けなければならない。今一度グローバリゼーションの功罪を見直し,その可能性を検討すべきというのは楽観的過ぎるであろうか。
[参考文献]
- Kobrin, Stephen J(2020)”How globalization became a thing that goes bump in the night,” Journal of International Business Policy, Vol.3, No.3, pp.280-286.
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