世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2129
世界経済評論IMPACT No.2129

ジェンダー平等に向けた貿易の役割:期待されるWTOの取組

松村敦子

(東京国際大学 教授)

2021.04.19

 近年重視されているジェンダー格差問題に関して,WTO(世界貿易機関)の場でも「貿易と女性」に焦点を当てて,取り上げられるようになってきた。2017年12月開催の第11回WTO閣僚会議(MC11)では,「貿易と女性経済的能力強化に関する共同宣言(Joint Declaration on Trade and Women’s Economic Empowerment)」が発表され,多くのWTOメンバーとオブザーバーの支持を得た。これは,ジェンダー平等推進ネットワークであるInternational Gender Champions(IGC)の下に設置された「貿易効果に関する作業部会」で作成され,MC11の機会に発表されたものである。

 この共同宣言では,「女性は経済活動参加で固有の障壁に直面しており,ジェンダー平等に向けた貿易政策が求められる」,「国際貿易・投資に関する包括的政策は女性,経済成長,貧困削減への望ましい効果を生み出す」とし,ジェンダー平等に向けた貿易政策・発展政策立案において国際間で協調することが合意された。そこでは,経済活動への女性参加を促すWTOを通じた政策やプログラムでの成果の共有,貿易政策のジェンダーに与える影響分析結果とジェンダー別の詳細なデータ収集方法の共有,女性の経済活動と貿易への参加を高めるための障壁撤廃に向けたWTOでの国際協調,ジェンダー平等に向けた貿易政策実施に向けた援助の確保が強調されている。

 この共同宣言から2年半後の2020年7月,「女性と貿易:ジェンダー平等促進のための貿易の役割」と題した世界銀行とWTOによる合同調査報告書が発表された。本報告書の最大の意義は,多数の国を対象とした男女別・産業別の労働データセットを独自に作成し,貿易拡大が多くの国々における女性の経済活動参加を促す原動力となっていることを明らかにした点であろう。発展途上国と新興国では,貿易を行う企業の女性従業員比率が33%であるのに対し,輸出を行わない企業での女性従業員比率は24%,輸入を行わない企業では同28%と低いことがわかった。特にモロッコ,ルーマニア,ベトナムの輸出企業では,女性従業員比率は50%を超えているとされる。さらに,輸出が活発なセクターで働く女性の正社員比率が高く,雇用と研修機会の確保の増加につながっているとしている。

 また,貿易拡大の効果として,女性の生活の質向上を可能にすることを示した点も重要である。途上国が工業品輸出を倍増させると,雇用増加と賃金上昇の効果により,製造業の賃金に占める女性の割合が平均で5.8%上昇するとされる。また,途上国と新興国54か国データによる農産物の関税引下げ効果について,1/3以上の国で,農産物への支出割合が高い女性世帯主家計において男性世帯主家計より実質賃金上昇幅が大きいことが示され,ブルキナファソやカメルーン等では,これが教育や健康維持のための支出増加につながったとしている。

 貿易関連産業で女性労働が直面する障壁については,例えば,女性の教育水準の低さ故に女性労働が衣服製造業などの未熟練労働に集中する傾向があること,貿易面でのリスクを伴う産業で女性経営者が融資を受けにくいことなどが指摘される。一方で,世界経済で近年みられる3つのトレンド,①サービス産業の活性化と貿易拡大,②国際的工程間分業によるグローバル・ヴァリュー・チェーン(GVC)の拡大,③デジタル技術の普及による女性の教育機会と能力向上が,女性の貿易関連産業での利益拡大に結びつくとしている。特にGVC関連企業での女性活用活発化が実証され,女性労働がGVC構築に貢献している面に注目したことは興味深い。

 以上の事実を踏まえ,本報告書の結論として,貿易障壁除去政策が女性の貿易関連産業での労働参加につながり,同時に人的資本への投資促進など適切な政策が実施されれば貿易拡大が女性の労働の質向上と男女間賃金格差解消の機会となることなどが挙げられている。各国政府,国際機関,企業が協力し女性の労働環境改善に努めると同時に,貿易拡大に向けて現在WTOの進めている様々な分野での貿易自由化とルールづくりのための交渉を進める中で,ジェンダー格差解消を目指していくことが重要である。

 本報告書は新型コロナ禍の中で発表され,世界各国でのロックダウンが特に衣服製造産業や観光業における女性労働において大きな悪影響を及ぼした事実が明らかにされている。同時に世界銀行とWTOは,新型コロナ禍においてあらためて貿易の重要性が明らかにされたとしており,終息後の世界経済回復過程での各国間協調においてWTOの果たすべき役割は大きい。

 今年3月1日,WTO初の女性の事務局長としてンゴジ・オコンジョ=イウェアラ氏が就任した。オコンジョ=イウェアラ事務局長にとっては4年半の任期中に,新型コロナウイルスへの対応,WTO上級委員会改革,電子商取引等の新ルール策定,通報・透明性強化,途上国・先進国間の対立問題など対処すべき課題が数多い。そうした中において本報告書で示されたジェンダー平等に向けた貿易の役割を重視し,女性ならではの視点からこの問題に取り組んでいくことが期待される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2129.html)

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