世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ASEANサービス貿易協定(ATISA)の調印
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2021.04.05
ASEAN経済共同体(AEC)は,「物品,サービス,投資,資本,熟練労働者の自由な移動」の実現を目指している。物品の自由な移動は自由化率が98.6%と極めて高いAFTAにより2018年に実現し,現在はAEC2025によりサービス,投資の一層の自由化を進めている。「法とルールに基づくこと,透明性,多国間ルールや国際基準の採用,一貫性と予測可能性」を原則とするAECに向けてASEANは法的な基盤の整備を進めてきた。物品の自由な移動についてATIGA(ASEAN物品貿易協定),投資についてはACIA(ASEAN包括的投資協定),熟練労働者についてAMNP(ASEAN自然人移動協定)を制定している。サービスの自由な移動について,2012年よりATISA(ASEANサービス協定)の策定作業を行ってきた。ATISAは2018年に合意し,2019年から調印が進められた。ATISAの協定文は公表されず,2020年10月の全加盟国の調印の完了後に公表された。
ASEANのサービス貿易自由化は,1995年からAFAS(ASEANサービス枠組み協定)により実施されてきた。AFASは10のパッケージにより段階的にサービス貿易自由化を進めてきたが,2015年末のAEC設立段階では第9パッケージまでしか進まず,第10パッケージ合意は2018年11月に署名され,2019年に発効している。AFASによる自由化は,サービス業の投資に相当する第3モード(商業拠点)では出資比率が70%に制限され,セクター数の15%までの例外を容認する柔軟性規定など不十分だった(注1)。
ATISAは,全体で6部38条とAFASの全14条に比べ,はるかに詳細な協定となった。ATISAの最大の特徴は,ネガティブリスト方式の採用である。AFASはポジティブリスト方式だった。自由化をしない分野を提示するネガティブリストは透明性が高く,先進国が採用することが多いといわれる。ただし,ネガティブリストの提出はASEAN6(ブルネイ,インドネシア,マレーシア,フィリピン,シンガポール,タイ)は発効から5年以内,ベトナムは7年以内,CLM(カンボジア,ラオス,ベトナム)は13年以内となっている。そのため,ATISAの発効後もAFASが有効であり,その期間はASEAN6が7年間,ベトナムが9年間,CLMが13年となっている。
次に隣接する国との国境地域でのサービス貿易に優遇措置を与えることが認められている。これは,最恵国待遇の例外であり,メコン地域での国境経済圏などでのサービス貿易が想定されていると考えられる。また,2か国以上の加盟国が特定セクターでサービス貿易自由化交渉を行うことができ,他の加盟国への自由化の適用は任意となっている。これは,ASEAN-X方式であり,最恵国待遇の例外である。
ASEANの貿易自由化は例外が多く実効性がないと批判されてきた。AFTAによる物品貿易の自由化は確かに当初は例外や猶予期間などが設けられていたが,25年をかけて段階的にTPP11と並ぶレベルの高い自由化を実現してきた。その理由は,極めて大きな経済格差である。ATISAでも同様に時間をかけた段階的で柔軟な自由化に取り組んでいる。CLMへの特別待遇,ASEAN-X方式などもASEANの実態に合わせた柔軟な自由化である。AFASの第10パッケージの自由化を確実に実施し,なるべく早くネガティブリストを提出し,ネガティブリスト方式に移行することが課題である。
付記:ATISAの詳細な解説は,石川幸一(2021)「コロナ禍で進展したAEC2025の行動計画」『コロナ禍と米中対立下のASEAN-貿易,サプライチェーン,経済統合の動向-』(ITI調査研究シリーズ No.117,所収)を参照。
[注]
- (1)AFASによるサービス貿易自由化については,助川成也(2020)「ASEANの新たなサービス貿易自由化に向けた取り組み」『ASEANの新たな発展戦略-経済統合から成長へ』(ITI調査研究シリーズ No.102,所収)。
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