世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
With/Afterコロナ時代の新しい働き方:企業事例を中心に
(桜美林大学 副学長・教授)
2021.04.05
コロナは収まるどころか,変異株の登場により,その行く末はますます混迷を極めている。パンデミックからエンデミックへ,つまり,急速に世界中で拡大する段階から世界中に持続的に蔓延する事態に移行する可能性すらある。世の中の多くの物事がそうであるように,マイナスの側面のみならず,どのようなことにもプラスの要素があり,またそこから学ぶことができる。コロナのプラス面はなんといっても,DXの進展である。アメリカのベライゾン・コミュニケーションズCEOのハンス・ベストベリによれば,新型コロナウィルスによりデジタル革命は5~7年早まったという。業種によって大きなダメージを受けたところもあるが,同じ業界においても,うまくこの時期を乗り切った企業とそうでない企業の差は大きいのではないだろうか。保険業界においてもしかりである。そこで本稿では,2020年にコロナ禍という逆風にもめげずに,リモートセールスが好調に推移し,下期には売り上げをV字回復したアクサジャパン(アクサ生命,アクサダイレクトなど)の事例を紹介したい。
インクルージョンの取り組み
フランスのパリに本部を置くグローバルカンパニーであるアクサグループは,かねてより全世界において,インクルーシブな共生社会の実現に向けて,積極的に取り組んできた。その子会社である日本のアクサ生命の障がい者雇用の考え方は,「チャリティーではなく,チャンス」。つまり,障がい者雇用を未来に向けた重要な戦略と位置づけ,一人ひとりの能力の最大化を図っている。さらには,LGBTQ+についても,「誰もが自分らしくいられる社会」を目指して,CEOである安渕聖司自らがよき理解者となって,先頭に立って活動を行っている。当社はダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を経営戦略に組み込み,CEOをリーダーとするダイバーシティ&インクルージョン・アドバイザリーコミッティを設置。多様性を尊重する企業文化と社会や人々のニーズの変化に機敏に応えていける能力を涵養。経営陣は「『良い職場』づくり宣言」を行い,イノベーションの創発を通じてビジネスの成長と企業としてのサステナビリティ向上を目指している。
アクサの働き方改革
そのはじまりは,2013年に「良い職場」づくり宣言を行ったことに遡る。オープンなコミュニケーションとフレキシブルな働き方を目指し,会議・Eメールのルールを設定した。これは,フランスの2017年の法制化(就業時間外の会社からの仕事上の連絡について労働者側が対応を拒否できることを認める権利)に先立って,経営トップが「業務時間外と休日にメールを送らない」とし,経営メンバーが「良い職場」づくりガイドラインの遵守を宣言している。また2017年には,「TOKYO働き方改革宣言」を行っている。これは,「お客様をお守りするという使命を果たすために,社員とその家族一人ひとりが「心身ともに健康」に生活することを支援し,健康で健全に働ける会社を目指して,働き方改革に取り組みます」というものである。オープンなコミュニケーションの促進,テレワーク等のフレキシブルな働き方の推進,バケーションポリシーの制定・遵守,産休・育休取得の促進をしてきた。
その中で迎えた2020年,コロナ禍での加速度的改革
さて,2020年にはそれまでの働き方改革の流れをさらに加速することになった。Social distanceとSolidarityすなわち,距離を保ちつつ,絆・連帯・ビジネスを維持するという,相矛盾して見える2つがアクサで実現したのはなぜなのであろうか。その動きを追っていきたい。
まず,2020年1月(beforeコロナ)に安渕CEOが働き方改革について全従業員に宛ててメッセージを発信し,自ら良い職場環境づくりを全面的にサポートすると宣言し,働き方改革を進めるためのステージとして,法令の遵守・効率性の追求・イノベーションの実現を目指し,働き方改革推進キャンペーンを実施し,自律的な働き方の実現を目指した。コロナ禍では,「社員と家族の安全と健康を第一に」という優先順位を,早いうちに明確に打ち出した。この結果,アクサ生命における在宅勤務率の最大値は,2019年の約4%から,2020年には100%に急増。人事規定上可能な在宅勤務日数も2020年3月までは週2日だったが,同年4月からは週4日に。さらに緊急事態宣言下では最低80%在宅とし,週5日の在宅勤務が可能となった。内勤・営業,社内・社外対応,シニア従業員・若手従業員にかかわらず,全社員が,2か月以内にリモートに適応できるようになった。例えばコールセンターは100%在宅勤務の結果,営業時間を短縮せずに済み,ビジネスを下支えした。さらに緊急事態宣言が解除されても,自由にリモートワークを継続することができ,生産性があがった。
リモートワークによってもたらされた変化
まずは,効率化である。業務へのアクセスがどこからでも可能で,コミュニケーションの要・不要が明確化されたことにより,時間の有効な使い方が実現し,迅速な情報共有が図られるようになった。またWeb会議により,会議室の確保などの手間が不要となり,不要な視覚・聴覚情報が入らないことで,集中力が上がり,生産性が向上し,ペーパーレスも進んだ。さらには,ワークライフバランスが大幅に改善し,ライフスタイルに合わせた勤務がしやすい環境になった。例えば,首都圏の通勤時間の平均が片道50分であれば,往復の100分があればどれほどのことができるだろうか。筆者も大学の授業や会議がZoomによって行われることになったため,これを実感している。従来の通勤時間を業務や家族との時間や趣味,さらには能力開発のために充てることができ,生活が充実し,育児,介護,通院など,一人ひとりの生活に合わせた働き方が可能になった。さらには,オープン・フラットなカルチャーが醸成され,マネジメントと従業員との直接対話が可能になり,会社の戦略の浸透がスピードアップし,従業員の参画意識が向上した。
顧客対応においても,メリットが生まれた。対面セールス・リモートセールス・ハイブリッドセールスの3つのやり方によって,顧客の多様なニーズと嗜好に対応するビジネスが展開できるようになった。2021年2月にグローバルで実施した従業員サーベイでは,仲間とのつながり(Team Connection)について,「コロナ禍であっても,私はチームとのつながりを感じている」という問いに対して,83%の従業員が「つながりを感じている」と回答。より柔軟な働き方は,Not your Working Hours, but your Outputs(勤務時間ではなく,アウトプットが重要)という成果主義を実現したのである。
「オフィスで働く」「リモートで働く」それぞれのメリットを最大化し,柔軟・効率的・持続可能な働き方を実践したことにより,予測困難な時代にも適応できるレジリアンスのある会社となり,多様なライフスタイルに対応する多様な働き方で一人ひとりが能力を最大限に活かして,生き生きと働ける魅力ある会社へと成長することができたのではないかと思う。
アクサのパーパス
「すべての人々のより良い未来のために。私たちはみなさんの大切なものを守ります」これがアクサのパーパスである。単に保険金・給付金を支払うペイヤーの役割にとどまらず,顧客の生涯に寄り添う「パートナー」になることを常に目指している。タウンホールミーティングでグループCEOのトーマス・ブベールがいみじくも述べていた。コロナ禍で生活が一変した,家族と毎日一緒に過ごすことにより,そこから見る世界が変わり,視野が広くなった,これはアフターコロナでも,変わらないだろう,と。
働く場所と時間を自由に選択できることは,個人の幸せと企業の生産性と成果を同時に追求することになるのではないだろうか。その結果,人生が豊かになり,家族の絆が深まり,感謝の気持ちが深くなる……。もちろん,リモートワークが多くなった場合,会社の同僚との絆をどう深めるか,また予期せぬ出会いによる副次的効果をどう実現するか,コミュニティとしてのよい機能をどう維持し,モティベーションや生きがいをどう構築していくか,などなど,課題も多い。しかしながら,このコロナ禍という未曽有の国難,世界難からさえも学ぶことができるのが人類であり,そこに英知が蓄積されていくのではないだろうか。そう願ってやまない。
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