世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2983
世界経済評論IMPACT No.2983

インクルージョン4.0を目指して

馬越恵美子

(桜美林大学 名誉教授)

2023.06.05

 最近,インクルージョンという言葉を耳にすることが多くなった。喜ばしいことである。ただ,真のインクルージョンへの道はまだ続く。その実現には長い時間がかかるからである。

 今年,大学を定年で退官したのを機会に,これまでのキャリアを振り返ってみた。そこにはインクルージョンが皆無であった時代から,インクルージョンが社会に定着しつつある現在までの道のりがある。自分史をもとにインクルージョンの歩みを探りたい。

<インクルージョン 0.0>

 1970年代に私は大学を卒業した。英語とフランス語ができたので,大学4年次に就職について事務方に相談すると,担当者はこう述べた。「女性が才能を活かそうとすると不幸になるよ。大企業に就職して,いい伴侶を見つけて,壽退社することだね」。啞然とし,返答に窮したのを今でも鮮明に覚えている。ただ周囲を見るとそれが当たり前の時代だったので,就活はせずに,せっせとお見合いパーティに足を運び,“永久就職”を目指した。そして1年後にめでたくゴールイン。幸せではあったが,退屈極まりない。インク―ジョンがまったくない会社には見切りをつけて,スキルを活かそうと英語とフランス語の通訳のアルバイトをはじめた。その後,同時通訳に転じて,私のキャリア人生がスタートした。

<インクルージョン 1.0>

 それから10年近くたち,1985年に男女雇用機会均等法が成立。すごいことだと思ったが,中身を見ると,企業の募集や採用,配置などに関する男女間の均等な取り扱いは「努力義務」。まさに仏作って魂入れず。女性管理職や女性役員などは当然,想定外だった。私自身は能力で評価される同時通訳を続けながら,二男に恵まれ,育児に忙しかったが,仕事は細々と続けていた。ようやく,企業でもインクルージョンの兆しが制度として見え始めたころである。

<インクルージョン 2.0>

 そして10年余りが経ち,1997年に男女雇用機会均等法が改正。今回は女性であることを理由とする差別的扱いの「禁止」が定められた。これは大きな進歩である。さて,このころ,私にも大きな転機が訪れた。1992年より大学院で学びながら通訳と非常勤講師をしていたが,1996年に晴れて,大学の専任教員として採用されたのである。いわゆる正社員である。私にとってこれは夢の実現,まさにインクルージョンを実感。しかし,経営学関連の学会で活躍する女性は皆無に近かった。学界では肩身の狭い思いをし,学会で質問しても答えてもらえないこともあった。おそらく私の質問がKYで直球すぎたのであろう。周りを見れば,男性諸氏は互いに気を使いながら発言していた。採用でもインクルージョンが進んでいたが,カルチャーはインクルージョンでないと痛感した。

 このころ,私は『“カイシャ”の中の外国人』(1996年)(JETRO)を出版。外国人社員の不満と要望を赤裸々に綴った共著である。日本人に比べてキャリアのチャンスが少ない,会社が自分に何を期待しているのか,将来のキャリアプランはどうなるのか,明確でない,特別扱いしないでほしい,日本人と同じようにチャンスがほしい等。この本は時代を先取りしすぎて,まったく売れず,在庫の山に。今読み返しても指摘は正しいと思うのだが,残念ながら早すぎた。このころ,「マインドウェア」(多様性を活かし,異質性を尊重しつつ,チャンスの平等性を確保する)を打ち出して書籍化もした。果敢に世にインクルージョンを説いていた自分であるが,世の中とのギャップは大きすぎた。その後,2003年には異文化経営学会を設立。ビジネスの現場や経営の意思決定で,人の価値観や文化的背景が大きな影響を与えることから,「文化と経営」を結び付け,あらゆる属性を越えて,人々が活き活きと活躍する社会を目指した。当時の賛同者は30人だが,20年たった現在は400人以上の大学関係者と実務家の会員がおり,大きく成長した。インクルージョンが進んだ証であろう。

<インクルージョン 3.0>

 時代は進み,安倍首相の唱えるアベノミクスが世界にとどろいた。2013年に首相は成長戦略スピーチで「女性が輝く日本」を高々と打ち上げた。そして,2015年にはコーポレートガバナンス・コードが制定。その前年の2014年6月になんと私は東証一部上場企業の社外取締役に就任。まさに青天の霹靂である。さらに追い風としてコーポレートガバナンス・コードの改訂がある。2021年6月,原則2−4には,女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保が謳われている。すなわち,「上場会社は,社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは,会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る,との認識に立ち,社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである」。その後,女性社外取締役,女性役員,意思決定層に女性を,という声が日々高まっていて,実際の数字も進捗を裏付けている。

 ただ,これでいいのだろうか。企業には依然として男社会のカルチャーが根強くある。

目指すところ,それは<インクルージョン4.0>

 ここではフツウに50:50。すべての意思決定層が50:50。完全にインクルージョンされている世界では,インクルージョンを問う必要なくなるであろう。その日が来るのを見届けたいと願う今日この頃である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2983.html)

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