世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3415
世界経済評論IMPACT No.3415

ディープ・デバイド・イン・アメリカ

馬越恵美子

(桜美林大学 名誉教授)

2024.05.13

 今(本稿執筆時5月初旬),アメリカ各地の大学キャンパスでデモが広がっている。その様子はベトナム反戦運動を想起させる。パレスチナ自治区ガザへのイスラエルの侵攻に対する抗議デモが広がる中,イスラエルを擁護するデモもあり,両者が対峙している。ただ,軍事侵攻に反発するデモの参加者にはユダヤ系もいるなど,複雑な状況を呈している。

 このようにますます混迷を極めるアメリカに,筆者は4月に15日間ほど滞在し,テキサス州,フロリダ州,ミネソタ州で,友人・知人らと討論を重ねる機会を得た。アメリカの分断がどれほどのものなのか,この目で確かめることができた。そこで見たものは,職場や家庭内に及ぶ「トランプvs反トランプ」である。

 まずはテキサス。多くの企業が近年,本社を移転してきていることからもわかるように,景気がよく,道路などのインフラも整っている。ここはトランプ派が実に多い。滞在したファミリーが毎日,見ているテレビのチャンネルはFOX NEWS。トランプを礼讃する内容が多く,CNNとは真逆である。この家族にひとりだけ,反トランプがいた。他の家族はなぜ彼が反トランプなのか,不思議に思い,心配している。

 次に訪れたフロリダ。かつて治安が悪いと言われていたが,現在は改善していて,特に,マイアミビーチは超高級マンションが立ち並び,夜でも歩いてレストランに行けるほど安全である。日本食も豊富で,かなりレベルが高く,リトルハバナ地区にはキューバ人をはじめ南米系が多く,総じて,多様性と自由な雰囲気にあふれ,アメリカの“豊かさ”を感じさせる。ここでは多様な意見が聞かれた。

 さて最後に訪れたミネソタ。モンデール副大統領を輩出した,もともと,民主党が強い州である。実は筆者はかつてミネアポリス郊外のハイスクールに留学したことがあり,今回の滞在中,当時のホストファミリーやクラスメイトらと旧交を温めることができた。そこでも,話題のかなりの部分を政治問題が占めていた。いくつかの事例を紹介しよう。

 まずは医者のグレッグ。前回会ったときは,政治の話はしなかったのだが,現在の彼は自分のピックアップトラックの外側を反トランプのメッセージで埋め尽くしている。運転していると「Are you looking for trouble?(喧嘩売ってるのか?)」と食ってかかってくる人がいるという。そのために彼は野球バットを車に積んでいる。何かあればそれで応戦するつもりで。「でも反対にやられてしまったら,どうするの?」と尋ねると,「それでも,いい。おじいちゃんはアメリカの正義のために勇敢に戦ったんだ,と孫たちが自分を覚えてくれていれば,それでいい」と言ってのけた。

 またアメリカの妹(ホストシスター)の友人は職場でトランプ派が多いことに気づき,転職した。友人の中には,トランプが当選したら海外に移住することを本気に考えている人もいる。さらには,夫婦でも意見が異なるため,家では政治の話は一切しない家庭もある。

 このようにアメリカの分断(デバイド)は職場や家庭など,身近なところに押し寄せている。

 さらに,このデバイドが深刻だと思うことがあった。それは,長らく,会社を経営し,最近,『新・資本主義』という本を出版した友人のフランク。出版をきっかけに講演やインタビューの依頼が増えた。ちょうど筆者の滞在中に,ポッドキャスト番組でインタビューされることがあった。その録画撮りの後,彼は顔を赤くしてこう語った。「話の中で,D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の大切さを説こうとしたら,インタビューアーが話を遮ったんだ。「その話は自分の番組ではしないでほしい,Racist(差別主義者)と非難されるから」,と言うんだ。なんてこった!」え?私は耳を疑った。D&Iはracistとまったく相容れない考え方ではないか。ところが,D&Iが進んだ結果,差別されたと感じている人たち(白人男性の一部)がいる。確かにD&Iにより不利益を被ってきた人もいるだろう。だからと言って,D&Iをracistと呼ぶなんて,行き過ぎではないだろうか。ここにアメリカ社会の分断の根幹を見た思いがする。多様性を取り込み,異なる文化的背景の人々のインクルージョンのために,長い間,絶え間ない努力を重ねた結果,職場でもジェンダーのみならず,様々な民族が活躍し,それが創造性とイノベーションの源泉となり,アメリカの豊かさを生み出したというのに。このディープ・デバイドには出口はないのだろうか。

 一筋の光,それは,人々がオープンに自分の意見を語っていることだ。無関心だったり,空気を読みすぎて縮こまったりするよりは,ましではないだろうか。この国の分断は深いが,豊かさもずば抜けていて,底力がある。そして帰国後感じた愛する我が国,日本。物価も安く,食べ物もおいしく,なんと暮らしやすいことか。ただそこにもっとパワーがほしい。元気がほしい。世界に立ち向かう力がほしい,と改めて思いを深くした。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3415.html)

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