世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2092
世界経済評論IMPACT No.2092

資金循環の滞留かバブルか過剰か

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2021.03.29

 日米欧の景況は第1に金融資産の滞留,第2に部門別の資金循環,第3に市場の過熱度,などの点からコロナ危機勃発以降,多分もっとも大きな転換期を迎えた。

 第1はコロナ発生以降,実体経済だけを見ていると世界的に各国中央銀行が市中銀行や金融市場に放出している流動性が循環しているという気配は本当に感じられない。理由はこれらの金融資産は資本,債券,株式などの金融市場という上流部門の内部に滞留しているからである。しかし実際には個人の家計世帯や民間企業などに資金を融通する選択肢もある。それがあの「ヘリコプター・マネー」である。これは実態経済にまさに瞬時に資金注射を可能にする通貨ワクチンとも言える資金接種である。2020年3月より欧州中央銀行(ECB)も他の世界の中央銀行同様,市中銀行や資本市場に流動性を潤沢に供給してきた。その総額はパリ大学スベイラン助教授(J.C.Soubeyran)によると今回のコロナ危機勃発以降,歴史的な1兆7000億ユーロ余りにも達しており,金融機関への貸付,有価証券,とくに国債を購入,それにともなって銀行の預金量,ユーロ圏の紙幣発行量も増えたが,銀行預金やユーロ圏流通の紙幣などは8000億ユーロしか増えていない。この部分の資金は消費財やサービス取引,金融取引などに費消される。いずれにせよユーロ圏はマイナス物価のデフレ下のリセッションが続いており,長期金利の引下げも期待される効果を上げることもなく,21年のユーロ圏成長率は従来の4.2%でなく3.8%に下方修正された。

 第2は日本銀行調査統計局2000年代以降のフローの資金循環統計の日米欧比較調査によると,日米欧で次のように資金過不足を整理することができる。日本は19年までの趨勢では家計と企業の両部門でそれぞれ対GDP5%弱の資金過剰,政府と海外部門でマイナス5%近くの資金不足,米国は家計と海外で5%前後の資金過剰,企業部門は過不足が年ごとに交差,政府部門で5~10%の資金不足,欧州は家計と企業部門で2~3%の資金過剰,政府部門で2~5%の資金不足,海外部門でも資金不足が続いた。

 日米欧の企業の投資は伸び悩み,企業部門は資金過剰主体として定着するようになった。その余ったお金が政府に流れ込み,政府には調達コストを示す金利の低さを享受しながら,財政赤字を続けられる状況が生まれたのである。ここに企業が積極的に借金をせずに経済をけん引しない分,政府がお金を使って経済を下支えする構図が出来上がってしまった。欧州では欧州中銀(ECB)がユーロ危機後,一旦,出口戦略として金融引締めに移行しようとしていたが19年より再度,量的金融緩和策を始めコロナ危機でさらにそれを拡大させている。家計,企業,政府,海外の4つの部門でISバランスを表す資金循環表における資金の過不足は金融資産残高から金融負債残高の収支差である。日銀調査部統計局の日米欧の比較した数字によると,家計部門は収入を貯蓄に回し資金余剰,また企業も資金余剰主体に転化,07年金融危機や11年ユーロ危機にはさらにこれが定着した。また日銀の欧米日の貸借対照表比較によると,日米欧のストックの国民経済計算ベースで,日本は企業と家計,米国は家計と海外部門,ユーロ圏は家計と企業においてそれぞれ約4%,5%,2~3%の対GDPで資金余剰を記録するようになった。特徴的なことはいずれも政府部門で負債超過が増大し資金不足が深刻化していることである。企業部門がかつての資金不足主体から資金余剰部門へ変化し,これが現在の「資金のだぶつき」の最大要因であることがうかがえる。

 第3は市場の過熱感を表すものとして次の5つの指標が知られている。①時価総額の対GDP比,いわゆるバフェット指標,②株価収益率のひとつCAPEレシオ(Cyclically Adjusted Price to Earnings Ratio),③特定銘柄上位10社集中度,④住宅価格,⑤高リスク債券利回りの内,①と②と④の3つの指標は2000年のITバブルや2007年のリーマン危機前などを大きく上回るようになった(日経3月5日)。そして積極的な財政出動によって債務はさらに増大するようになった。また商品市況を見ても自動車電動化や再エネルギー転換に必要な銅,ニッケル,コバルト,白金など金属相場,30年後の二酸化炭素実質ゼロ達成に向けての商品相場は「スーパーサイクル」とまで言われる。しかし特定銘柄集中度と株式収益率の面では今の水準はまだバブルとは言えない。加熱にはまだ至らないその入口にある。3月4日のパウエルFRB議長のたった「出口が心配」という一言で株価は急落した。またK字型回復になっていると伊藤隆敏教授が述べているように業種別の格差が産業ごとに鮮明になっていることである。巣ごもり需要反映型業種と移動接触制限自粛型業種との明暗はKの線のごとく上方と下降にその乖離幅がワニの口のように拡大している。コロナ感染の新規発生の欧州以外での鈍化傾向,米欧を中心としたワクチン接種の拡がり,さらに国債買入れが縮小する過程で長期金利が上昇に向かっていけばコロナ禍で好況に沸く業種の熱気は収まるとも見込まれている。市場が合理性で動いていく形成期待される方向にあるので資産バブルという状態にはならないであろう。むしろその時は逆に株価の急落などが心配される事態になるかもしれない。

 最後に最近の株価上昇を反映する資産が社会の隅々まで行き渡るとするトリクルダウン理論をもって経済全体の好況につながるとする考えは,ECBが金融緩和による雇用創出で恩恵を受けたとする見解を3月24日発表したが,多くの経済学者,ピケティ,スティグリッツ,ライシュ,クルーグマン,神野直彦,若田部昌澄などは階層格差の拡大のリスクの方が大きく反対論が多い。むしろ潜在的に沸き起こるバブル待望論に対しては,名目賃金の長期的低下と企業の余剰資金が蓄積しているなかで重要なことは,一人当たりの経済厚生レベルを引き上げることである。潜在成長率が現実成長率を上回る需給ギャップを回復させる需要喚起と,潜在成長を高める供給サイドの高度化を推進する政策を財政金融政策ととも常に心掛ける必要がある。

[参考文献]
  • Jézabel Couppey-Soubeyran est maîtresse de conférences à l’université Paris-I-Panthéon-Sorbonne et conseillère scientifique à l’Institut Veblen. La « monnaie hélicoptère » contre la dépression dans le sillage de la crise sanitaire, note de l’Institut Veblen, avril 2020。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2092.html)

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