世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2058
世界経済評論IMPACT No.2058

英国はどこに向かうのか:シナリオで読むBrexit後の展開

平石隆司

(欧州三井物産戦略情報課 GM)

2021.02.22

 2020年12月末,英国は加盟から48年を経てEUから完全離脱,両者の関係はEU関税同盟と単一市場から,通商・協力協定(TCA)に基づくものへ変化した。

 TCAは,①財貿易は,関税ゼロ・輸入割当無しだが,通関手続が発生,②サービス貿易は,専門資格の相互認証欠如や,金融及び個人情報移転は別建て交渉,等合意は限定的,③人の移動の自由(労働及び居住の自由)は無くなり,「高技能労働者優遇,低技能労働者冷遇」の新移民制度適用,④レベルプレイングフィールドは,英国はEUの規制からの乖離の自由を獲得も,補助金と労働・環境では対抗措置の仕組みあり,等EU単一市場へのアクセスが悪化,政府試算では15年後の英国の実質GDPは4.9%ポイント下押しされる。

 一方Brexitにより,自由な通商政策の展開や自由な規制,補助金設定権等新たに獲得したものもある。効果的に活用しEU以外とのFTA締結や産業戦略の成功へ結びつければ悪影響緩和は可能だ。英国政府は,ポストBrexitの成長戦略として,①グローバル・ブリテン-CPTPP等インド太平洋地域への展開,②イノベーション促進-ライフサイエンス,クリーンエネルギー,AI,ICT,フィンテック,宇宙等が重点分野,③グリーン産業革命―洋上風力,低炭素水素拡大,CCUS,EV普及,グリーンファイナンス強化,等を推進する。

 英国経済の中長期的行方は,①ジョンソン政権内のEU懐疑派とプラグマティスト間のパワーバランス,②英EU双方の通関手続き合理化への取り組みと技術的状況,③EUの求心力とEU懐疑派の動向,④対米中関係,に左右される。

(1)メインシナリオ——開かれたミドルパワーとして活力維持

 ジョンソン政権内でプラグマティストの影響力が増しているが,フロスト前EU離脱首席交渉官の対EU関係担当相就任等,EU懐疑派も一定の影響力を維持。規制緩和や補助金は,一定程度EUとの協調を考慮し,国外からの投資を呼び込みながらイノベーションを推進,フィンテック,グリーンテクノロジー,AI等が経済成長を牽引。

 移民は,EUからの低技能労働者の減少は他地域からの増加では完全にはカバーされず,ホスピタリティ産業や建設業等に負の影響が発生。通関手続きの合理化は顕著には進まず,EUを主力市場とする製造業の一部は,リードタイム長期化とコスト競争力低下で停滞する。

 EUの対英政策は,EUが経済復興政策で連帯を示し求心力が維持される結果,比較的プラグマティックなものとなる。金融規制の同等性評価は難航しつつも最終的には付与され,レベルプレイングフィールドに基づく対抗措置も一定規模に収まる。

 通商面は,トラス国際貿易相のリーダーシップ下でスムーズなCPTPP加盟に成功,対中関係は緊張緩和が図られる。ただし対米FTAは,バイデン政権の国内立て直し優先方針の結果早期締結は期待できない。

 対EU関係希薄化の悪影響が製造業と一部サービス産業に顕在化も,比較優位産業の成長とアジア地域への展開が進み,英国経済は活力を維持。

(2)悲観シナリオ——リトルブリテン

 ジョンソン政権内でEU懐疑派は強い勢力を維持,英国は規制緩和や補助金を一方的に推し進め,EUとの信頼関係は著しく傷つく。新移民制度は,低技能労働者に止まらず,高技能労働者の受け入れも滞り人材不足が深刻化,フィンテックやAI等の成長も阻害される。

 EUの求心力は,加盟国内,加盟国間格差の拡大で低下しEU懐疑派が台頭。前述した英国の姿勢もあり英EU摩擦は激化,金融の同等性評価は付与されず,レベルプレイングフィールドに基づくセクターを跨いだ報復措置等,対英強硬措置がとられる。

 通商面では,CPTPP加盟交渉は,食の安全等を巡る国内調整に手間取り,対米FTAは早期締結は期待できず,対中関係は緊張が続く等,EU域外との貿易関係強化は進まない。

 EU単一市場へのアクセス悪化に加え,EU以外とのFTA締結と産業戦略に失敗,英国経済は落ち込みを余儀なくされる。

(3)楽観シナリオ——危機をバネに飛躍

 ジョンソン政権内でEU懐疑派の影響力が著しく低下,規制緩和や補助金は,EUとの協調が重視され,EUとの信頼関係が再構築される。新移民制度は柔軟な運用がなされ,労働投入における負の影響は生じない。通関手続き円滑化の為の投資が積極的になされ非関税障壁が最小化される結果,英EU間のサプライチェーン再編はネグリジブル。

 EUの対英政策は友好的で,欧州市場の効率性維持の為金融の同等性評価はスムーズに付与,レベルプレイングフィールドに基づく対抗措置も非常に限定的。

 通商面では,CPTPP参加はスムーズで,対中も政冷経熱,対米FTAも食品の安全基準等の対立点が解消され,米国経済の立て直しも迅速に進む結果早期締結される。

 EU単一市場へのアクセス悪化の影響の最小化と同時に,比較優位産業のネットワークをインド太平洋全域へ拡大,成長力を取り込むことで英国経済は飛躍。

 日本企業にとりBrexitはリスクであると同時にチャンスであり,欧州大での機能再編と同時に,フィンテック,AI,グリーンテクノロジー等において,英国内の需要取り込みと,有望分野でのインド太平洋地域への展開における英国企業との連携という「攻め」の姿勢も問われよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2058.html)

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