世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2002
世界経済評論IMPACT No.2002

米国から見た中国,中国から見た米国

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2021.01.11

 先ずは米国の中国観である。第2次大戦後の東西冷戦期を経て,米中国交回復を為した当時の米国にとって,中国はソ連圏へのくさびを打ち込む対象だった。更に,中国が改革開放路線を鮮明にし始めた頃のそれは,教導して世界に引き入れ,経済を発展させてやれば,中国の社会価値観も自ずと米国に類似してくる,そんな教師的思い込みの強いものだった。

 米国のその種の中国観に,鄧小平の中国は上手く波長を合わせた。当時の標語「韜光養晦」(爪を隠し,才能を秘し,時期を待つ)がそれを見事に物語る。しかし,中国が,グローバル化の裨益を受け,国内に巨大市場が育つ中,価値観やルールを米国と必ずしも共有しない事態となり,且つ,軍事力も併せて強化して行く様を目の前にし始めると,米国のそれまでのナイーブな中国観も変色し始める。とりわけ2010年代前半,中国の習近平主席が“米国との間の新型大国関係”を提唱すると,米国内での中国認識が急激に変わり始める。そして遂に,2016年大統領選挙を契機とする,トランプ大統領の対中強硬姿勢が,米国社会の中に滋養されつつあった中国警戒論を一気に表面化させた。

 中国にとっては,トランプ施政下の米国の姿勢硬化は,恐らく想定外だっただろう。「こちらの力が大きくなり,立場が強くなると,相手もこちらを,それなりに遇するはず」,恐らくはそれが,中国指導者の暗黙の期待だったはず。だが,トランプの反応は違った。

 トランプは,クリントン女史との間で大統領選挙を戦っていた頃から,中国を米国にとっての諸悪の根源と見做していた。それ故,そんな中国へのオバマの弱腰を非難していた。トランプは亦,大統領当選直後から再選に向け始動し,その基本方針にAmerica Firstと対中強硬の選挙公約の実現を据えた。

 そんな米国の硬い対中姿勢に,中国の方も次第に態勢を整え始める。2017年10月には習近平の名を冠した政治思想を党規約に盛り込み,翌2018年3月には憲法を改正して国家主席の任期を撤廃,長期政権で対立を乗り切る体制を整備し始める。

 しかし現実には,中国は当初,そんなトランプ大統領に振り回され続けた。2018年11月の中間選挙を視野に,トランプが対中貿易戦争の口火を切り始めた頃,中国はそれをトランプ流交渉術だと見做し,貿易の不均衡是正や米国からの輸入増大で妥協しようと試みたりした。だが,流石に2018年末になると,中国もトランプ政権の強硬姿勢が,どうも交渉目的だけではないと気付き始める。その切掛けが,同年10月のペンス副大統領のハドソン研究所での対中強硬演説だった。ペンスは,中国のあらゆる政策,慣行を非難した。例えば「通貨を操作し,技術を強制移転させ…中国製造2025を通じて,先端技術をがむしゃらに習得しようとし,軍事技術で優位に立とうとしている云々」。

 続く2019年,中国の対米不信は一挙に深まる。そして,この時点から,中国は対立が長期化すると覚悟するようになった。中国側の認識を推測すると,①両国関係の基礎となっていた既存のルール・価値観が,米国側の一方的姿勢硬化で崩れ,争点を管理するメカニズムそのものが失われた。②米国,特にトランプは,国内での政治対立を,対中強硬姿勢を取ることで,対外問題にすり替えた。③摩擦も,当初は農業や工業製品だったが,2019年頃から次第にハイテクに焦点が移り,今では未来技術分野での覇権争いこそが,その対立主眼となりつつある。結果,④対立は次第に安全保障分野を抱合するようになり,それにつれて,軍事戦略面での衝突も懸念され始めている。⑤今後の展望として,米中は共に,周辺諸国を味方に引き入れることで,構造的バランスを有利化しようとせざるをえなくなろう。

 そして,こんな対米警戒心は,中国政府に近い筋に言わせると,中国の一人当たりGDPが米国の半分,或いは,経済の規模が米国の2倍に達する迄続くという。そうなれば,「米国側の対抗意思が萎え,中国と共存を望むようになる」とのご神託…。つまり,米国が折れて,共存路線をとるに至るのに,今後10年前後辛抱しようというのだ。

 2020年は中国が自信を深める年になった。トランプの米国は,コロナ禍で社会の亀裂が拡がったが,コロナを制圧出来た中国は,その後の経済回復もあって,自国の制度の方が優秀だとの認識を持ち始める。例えば,コロナ患者追跡メカニズム一つとっても,米国や日本のそれが個人名で追いかけるシステムとはなっていないのに,中国のそれは個人を特定して追いかけることが出来,それだけ効率的…。つまり,「防疫面で中国が最も良くやれているのは,体制的優位性があるからだ」(北京大学国家発展研究院教授)となる。

 振り返れば,トランプが中国に強く当たり始めた動機も,当初は中西部の農民や工業労働者への配慮だった。それがいつの間にか,5Gになり,AIになり,フィンテックにまで及び,果てはクラウドサービスのための世界ネットワークの占有競争にまで及ぶようになった。そうなると,米州と欧州,米とアジアとを結ぶ,既存の海底ケーブルを米国がどう守るか。或いは,一帯一路に沿う形で展開されようとする中国のケーブル網が,米国のそれとどういう関係になるのか…。事はすこぶる地政学的要素を帯び始めるのだ。

 かくして,中国の第14次5カ年計画や,2035年までの長期計画の中で,中国がIT関連の製造業をどのように発展させようとするのか,中国が自国のIT大手を規制しようとしているのは一層の政府統制をかけるためではないのか,米国のIT規制で米中間のIT網がどの程度実効的に遮断出来るのか,米国の「データ流通から中国を排除しようとする」APECルール見直し提案はどの程度現実的か,更には,域内からのデータ持ち出しを制限しようとするEUの試みは,こうした米中別個のデータ流通網整備の中でどのように位置づけられるか等などの,派生的質問が続出する。要するに,日本にとって,米中の狭間での埋没を避けるための国家戦略が,今ほど求められている時はないのだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2002.html)

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