世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1983
世界経済評論IMPACT No.1983

「中華」とは何か:中国(チャイナ)の歴史的成り立ち

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2020.12.21

 米大統領選を通じて,グローバリストと中国共産党の結びつきを指摘する声が高まっている。本稿では,そもそも「中華」とは何か,その歴史的成り立ちを述べる。理科系だった筆者が還暦を過ぎ,宮脇淳子氏を通じて岡田英弘史学を知り,香港,北京,大連,上海の滞在経験と断片的知識を撚り合わせて理解できたことを記す。浅学はご寛恕を願う。

 「中国」を国名として使い始めたのは,知識人に主権国家という概念が浸透した20世紀初めで,それまでは歴代王朝名しかなかった。ここでは総称として「チャイナ」を使う。

 古代から今に続く文明として,水稲の長江文明と畑作の黄河文明があった。中国の降水量の8割は長江以南に降る。古代から長江流域は水が豊富で,水耕稲作の起源となった。黄河流域では治水・灌漑事業を行う必要から政治権力が強くなり,最初の王朝,夏,商(殷),周が黄河中流域で成立した。また「南船北馬」という言葉の通り,長江流域は湖や川に沿った水運が盛んだったが,黄河中下流域では,馬を使って八方から農耕,狩猟採集,遊牧などの諸民族が集まって交易が盛んとなった。

 城壁都市を交易拠点とした国家が発展し,国家が群雄割拠する春秋戦国時代へ至った。異民族が集まって交易を行う黄河中下流域を地理的に「中原」と呼び,表意文字を使い法律を定めて交易を管理する城壁都市を持つ国を,文明化されたという意味で「中華」と呼んだ。これに対し,周辺を文明化されていない野蛮人という意味で,東夷(漁労,水耕稲作),西戎(遊牧),南蛮(焼畑農耕),北狄(狩猟採集)と呼んだ。

 春秋戦国時代に現れた諸子百家の思想や理論は,異民族の交易や国家を統治する政治思想や技術,周辺国と戦うための富国強兵策や戦略・戦術論だった。それらの理論家たちは,食客となって諸国の政策顧問を勤めた。話し言葉と無関係な書き言葉としての表意文字は,異民族が交易するための絶好の道具となったが,文字の字体も用法も諸子百家ごとにまちまちで,当然だが,法律や度量衡とともに統一されていなかった。

 秦は王・政の時に全国を統一。始皇帝を名乗った政は,文字,度量衡,通貨などを統一して市場を統合した。さらに車軸の幅も統一して車がすれ違える幅の道路を全国に整備して,商業を大発展させた。政治思想は,周王朝が行なった為政者の徳治による封建制を理想とした儒家を排し,人間を性悪説で捉え,厳格な法による刑罰と恩賞によって統治する法家の韓非子を用いた。行政制度は,中央から派遣した官吏が統治する郡県制とした。韓非子の法治と中央集権制こそが,広大な領域で異民族が交易する巨大統一市場を維持するため,決定的に役立った。

 民族,生業,言語,文化を超えて商業を発展させる始皇帝の統治システムは,統治対象を選ばないだけでなく,統治する者の民族や文化背景も問わない。韓非子の言葉「師は先王ではなく官吏」の通り,システムを運用する官吏さえ育成されれば,誰が皇帝になろうとも,統一市場を維持し,商業を盛んにすることはできる。民族や生業や文化は話し言葉の世界で,人生を支配するのは父系同族集団の宗族である。その世界と切り離した書き言葉の世界が,交易市場を統治する表意文字と専制によるシステムであり,それがチャイナの本質である。

 文字と法律と城壁で治安が維持され商業が発展する文明を「中華」(文明化された中心),周辺を「東夷,西戎,南蛮,北狄」(まとめて蛮夷または戎狄=文明化されてない,野蛮)と表記した。この中華と蛮夷の華夷秩序という意識が19世紀半ばまでは世界観の全てとなり,いわゆる中華思想となった。人種的には,もともと蛮夷戎狄しかなく,その中から城壁都市に住み,通婚した人たちが形成された。中華思想が確立したのが漢代なので,便宜的に漢人,漢族,漢字と呼ぶに過ぎない。華人と言えば,本来,他は野蛮人という意味である。

 欧州では,17世紀,封建領主の国王の間の戦争による疲弊から,国際法に従って主権国家が互いに協調する体制ができた。チャイナでは,始皇帝から19世紀半ばまで2000年間,皇帝が直接統治する領域と,その周辺に皇帝に服属する冊封国があり,服属しない地域は征服するか「化外の地」と呼んで無視した。それが「天下」の全てだった。冊封国は,朝貢と三跪九叩頭で服属の意を表さねばならないが,数倍の恩賞を下賜されるので損はなかった。19世紀半ばまで,国際関係は常に相手が格下であり,主権を侵害されるとか,国際秩序に従って主権を制約し調整するとかいう経験もなかった。17世紀に南下してきたロシア帝国と衝突した時も,アヘン戦争の時ですら,宮廷と官吏たちは辺境の出来事と考えて,世界観を変えようとしなかった。その世界観が崩れたのが,漢字と箸を使う日本が,朝鮮を独立させろと要求して宣戦布告し,清が敗戦した時だった。

 日本に敗戦したことで,清は本格的な近代化を始め,日本留学から持ち帰った1000を超える和製漢語は大きな役割を果たした。それから100年,今の問題は,話し言葉と書き言葉が一体化した結果,市場管理だけでは統治できず,言論や表現を統制せざるを得ないと考えていること,国際秩序に関与するノウハウがないことである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1983.html)

関連記事

藪内正樹

最新のコラム