世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
RCEPの署名と意義:厳しい世界経済の状況下で
(九州大学大学院 教授)
2020.11.23
先週11月15日の第4回RCEP首脳会議において,遂にRCEPが東アジア15カ国によって署名された。保護主義とコロナが拡大する中での署名であった。共同首脳声明は「我々は,RCEPが世界最大のFTAとして,世界の貿易及び投資のルールの理想的な枠組みへと向かう重要な一歩であると信じる」と述べた。
RCEPの署名は,世界経済において大きな意義を持つ。RCEPは,世界の成長センターである東アジアに構築される巨大なFTAである。これまでASEAN経済統合やASEAN+1のFTAはあったが,東アジアにメガFTAはなかった。世界のGDP・人口・貿易の約3割を占めるメガFTAとなる。また,これまでになかった日中韓のFTAの構築ともなる。
RCEPの「目的」は,東アジア諸国によって,現代的で包括的な質の高い,かつ互恵的な経済連携協定を達成することである。ASEAN中心性も考慮され,ASEAN+1を越えるFTAを目指している。協定は全20章で,物品の貿易(第2章),サービスの貿易(第8章),投資(第10章),知的財産(第11章),電子商取引(第12章),競争(第13章),経済協力及び技術協力(第15章)など,貿易の自由化やルールなど多くの分野を含む。
それぞれの内容を見ると,これまでのASEAN+1のFTAを上回る部分もある。ただし物品貿易の関税撤廃を見ると,即時撤廃の品目もあるが,撤廃に時間がかかる品目も多い。参加国全体の最終的な関税撤廃率も,品目数ベースで91%である。ルールでも,TPPなどに比べると,設定されていない分野やあまり踏み込んでいない分野もある。
しかし,現在の厳しい世界経済の状況下で,遂にRCEPが署名されたことを歓迎したい。先ずは署名し発効し,徐々に内容を充実させて行く事が肝要である。これまでASEANが進めてきたAFTA(ASEAN自由貿易地域)なども,そのような方式である。発展段階が異なる多くの国を含んだメガFTAであり,そのような進め方が必要であろう。参加各国がそれぞれ利益を得る形で,更に充実を図っていく事が重要である。
RCEPの効果としては,第1に東アジア全体で物品(財)・サービスの貿易や投資を促進し,東アジア全体の一層の経済発展に資する。第2に知的財産や電子商取引など新たな分野のルール化に貢献する。第3に東アジアの生産ネットワークあるいはサプライチェーンの整備を支援するであろう。第4に域内の先進国と途上国間の経済格差の縮小に貢献する可能性がある。
日本にとっても大きな意義がある。日本にとってRCEP参加国との貿易は約半分を占め,日本企業の生産ネットワークにも最も適合する。これまでFTAのなかった中国と韓国とのFTAの実現でもある。そして日本が進めて来たCPTPP(TPP11),日本EU・EPAに続く3つ目の重要なメガFTAの実現となる。
ASEANにとっては,これまで維持してきた東アジアの地域協力・経済統合における中心性を確保できた。RCEPは,日本でも,中国でもなく,ASEANが提案して進めてきたメガFTAである。そもそもは,2008年からの世界金融危機後の変化の中で,TPPがアメリカをも加えて交渉が進み,その影響を受けて2011年11月にASEANが,新たな東アジア全体のFTAであるRCEPを提案したのである。
ASEANが中心であるゆえに,日本も中国も,オーストラリアやニュージーランドも進めやすい面があった。ASEANにとっては,今後もASEAN中心性を確保し続ける事が重要となる。また日本や各国は,ASEAN中心性を維持できるように支援する事が必要である。
アメリカとの対立を抱える中国にとっても,メガFTAへの参加は望まれた。また日本や東アジア各国にとっても,中国を通商ルールの枠組みの中に入れていく事は,今後の通商体制において重要であろう。インドは,残念ながら今回の署名は出来なかったが,いつでも戻る事ができる仕組みになっている。早い時点の復帰を望みたい。
そしてRCEPの署名は,現在の保護主義に対抗し,現在の状況を逆転していく契機となる可能性がある。CPTPPと日本EU・EPAがすでに発効されており,3つ目の東アジアのメガFTAの署名は,更に大きなインパクトを持つであろう。
アメリカでは,来年1月にバイデン氏が大統領となる。通商政策もマルチ型に戻る可能性がある。その中で,東アジアのメガFTAであるRCEPの署名は,アメリカの通商政策にも多くの影響を与えるであろう。
RCEPが契機となり,現在の厳しい保護主義的な世界経済を少しずつ逆転していく事を期待したい。またRCEPが,コロナ後の東アジアと世界経済の回復にも貢献する事を期待したい。RCEPの次の目標は発効である。今後,更に内容を充実させてRCEPを発展させて行く事が重要である。
[付記]
- RCEPの協定等に関しては,ASEAN事務局・外務省・経済産業省等のHPを参照されたい。またRCEPとASEANに関しては,拙稿「ASEANと東アジア通商秩序」石川幸一・馬田啓一・清水一史編著『アジアの経済統合と保護主義』(文眞堂,2019年),拙稿「ASEAN経済統合の深化とアメリカTPP離脱:逆風の中の東アジア経済統合」木村福成編著『これからの東アジア―保護主義の台頭とメガFTAs-』(文眞堂,2020年)も参照されたい。
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