世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「デジタル民主主義」の可能性を支えるプラットフォーム
(桜美林大学大学院 教授)
2020.11.23
11月に実施された大統領選を巡り,民主主義の大本山米国では大きな混乱・混迷が発生した。
4年に一度,しかも各州選挙人の獲得という独自な制度は,伝統ある米国の民主主義のスタイルとしてリスペクトされてきたが,今回投票方法(郵便投票)や開票を巡っての対立(非難の応酬や訴訟)は,米国の深刻な分断の実情だけでなく,「選挙」という民主主義の最も重要な「回線」が,実はうまく繋がっていないのではないか? という懸念さえ生じさせるものであった。
そして現在民主主義の実情といえば,EU諸国や米国等先進国で見られる通り,経済のグローバル化・ICT革命が進行加速するなかで,地球規模の課題解決に向けて,コスモポリタニズム的な環境保護主義やSDGsの実現,ポリティカル・コレクトネスが声高く主張/追求される。一方,格差の拡大や雇用不安に脅かされる人々(特に解体が進む中間層)の不安を強く代弁する形で,様々な形の「自国第一主義」(反グローバル主義,貿易や雇用での保護や規制,移民への制限等)を追求する「ポピュリズム」が,インターネットやSNS,各種メディアを通じて拡散しており,分断と非寛容,多重的な共生の否定がかなり浸透しつつある,といえる。こうした不安定な状況下では,政府等によるリーダーシップが浸透せず,危機予防・危機管理が後手に回ったことで,新型コロナウイルス感染症の災禍は,欧米などの先進諸国で一層拡大した面は否定できない。
そうしたなか,「危機予防・管理」の点で,迅速な情報入手と水際防御対策,IT/デジタル技術を活用して打ち出した優れた施策等により感染者・死者とも最小限に抑え込むことに成功した台湾(人口は約2400万人)の事例(日本で,第3波による感染者が急増している11月中旬現在でも,台湾の累計感染者は約600名,死者7名に留まる)には驚かされた。
例えば当初日本では混乱を引き起こしたマスクの需給ミスマッチに遭遇しても,国民のニーズ(マスクの公平な取得)を実現していくために,マスクマップ・アプリなどデジタル・ツールを迅速に開発・導入し,また早め早めの施策の対応により,感染対策の実効性を高めている。
一連の政策では,オードリー・タン氏という天才的なIT大臣(政務委員)とそのネットワークが重要な役割を果たしているが,同氏がその著書や,様々な機会を捉え強調している,デジタル技術によってその実現を指向する「自由」及び「民主主義」についてもまた傾聴に値するものであった。即ち「デジタル民主主義」である。
さて筆者は,21世紀の現在が突入しつつあるDX時代については,①米国GAFAを筆頭に,超ハイテク化に進化/適応した企業が,あらゆる産業のデジタル化とIOTへの移行を先導し,熾烈なイノベーション競争を制する者が,グローバル規模でネットに繋がった社会を実効支配していく,という「超利便性・創造的破壊を競う社会」が追求されていくか,一方②シンガポール・中国等で想定される,強力な権力を有する政府の指導により,ICT,ビッグデータやAIを駆使して産業・企業の高度化が加速し,「非常に効率的な超管理社会」の実現に邁進する,といった2大理念・潮流がせめぎあう時代,といったイメージしか持ちえなかった。しかしタン氏が主唱する,ICT力を縦横に行使することで,近年先進各国ではややもすれば機能低下が囁かれる「民主主義」を活性化し,未来に繋げる「デジタル・デモクラシー」への道を切り拓こうとする,新たな思潮のベクトルに目を瞠った。
さてオードリー・タン氏が,民主主義の活性化(-タン氏によれば,民主主義とは完成された「化石」ではなく,「人の生活を便利にする生きたテクノロジー」である-)を指向する中で重視しているのは,デジタル民主主義を実際に起動させるための,様々な「プラットフォーム」構築であろうと推定される。
タン氏は,「民主主義」の基本ともいえる「選挙」について,ゼロサム的な選択(Aか非Aかを選ぶ)に帰する投票行動ではなく,「クアドラティック・ボーティング(QV: Quadratic Voting)」(『RADICAL MARKETS』2018年エリック・ボスナー,グレン・ワイル著に拠る)と呼ばれるシステムを高く評価し,また実際に台湾で実行に移している。
この制度では有権者は投票を行う際,ゲームの如く各99ポイントを持ち,これを投票に行使する。そして一人に1票を投票する場合は1ポイントを使うが,同一人に複数票(例えば9票)投じる場合にはその二乗(9×9で81)のポイントが消費されるし,決して10票は同一人に投票できない(100ポイントが必要)ため,残り18ポイント(99-81)については別の候補(複数も可)に投票ができる,という仕組みである。思うに「投票者が期せずして,『自分の望む投票の組み合わせ』を考えられる」というこのシステムは,投票行動における一種の「ポートフォリオ」の形成を重視する,ということかもしれない。
ポートフォリオと言えば「金融」の世界になじみがある発想である。「ひとつの籠に全ての卵を入れない」=分散投資を活用することにより,生命・健康・家族・友人等に次いで(?)重要な金融資産を選択する投資家の「リスク」を減らす効果(ポートフォリオ効果)がある,とされる。
この手法は一見「弱者(選択の自由は持つ)の兵法」に見えるが,これは不確実性の集中を避け,ワーストケースや大きなリスクが現実化することを免れる消極的戦略であるからかもしれない。
一般に「戦略」の王道としては「選択と集中」が定石とされる。企業・ビジネスにおける経営・事業の意思決定では,成程,低収益部門や,競争力/成長性に乏しい事業分野を整理/売却し,経営資源やエネルギーを収益性・成長性の高い分野に集中させる,とするのが合理的であろう。その基盤にはかの「孫子」(現在も経営のバイブル視される)の「彼を知り,己を知れば,百戦して殆うからず」的なスピリットが存在している。
しかしポートフォリオ戦略が有効である理由として,金融における投資では,①投資家がリスクや不確実性を事前に十分判断・分析できない「情報の非対称性」にさらされている,②投資家は「金融商品」に対するユーザーでありながら,他のモノやサービスのユーザーに比べると,商品に対する発言力はかなり低い,という現実を踏まえているからである。
さて翻って代議制「民主主義」の根幹を支えるはずの「選挙」は,近年の先進諸国では,分断を固定・亢進するか(米国),不満を結晶化させたポピュリズムを標榜する党派を拡大させるか(欧州),概して低調(棄権や無党派層の拡大)に推移するか,等,ICT革命が進行しグローバル化のなかで変化の速い社会における国民のニーズをくみ取るシステムとしては,制度疲労が目立ってきている。(事実上,一連の世論調査やSNS等による民意掌握が不可欠になりつつある。)
これは,現在の投票行動が,選挙民のニーズに基づき,自由度が高くタイムリーな「選択」を行うための効果的TOOLというよりは,定期的に「信認」「追認」或いは「拒否」を問う「場」(それはそれで重要であろうが)として,制度が固定化しているから,ともいえよう。
勿論「クアドラティック・ボーティング」がもたらす投票での結果の分散は,また別の問題を生むであろう(従って,人の選択という局面より,政策・法律などの設計や改廃に,効果的かもしれない)が,投票行動におけるプラットフォームがデジタル化した際に,国民の選択肢を増し,コミットメントを高める手法として意義が認められよう。受け身ながらも国民が「選択の自由」を行使し,デジタルの力を以って民意が政策決定にできるだけ頻繁かつ有効に繋がれる,ということで,「デジタル民主主義」の回線が機動し,民主主義の活性化が期待できるかもしれない。
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平田 潤
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